狼煙の朝焼け
いつの夜だったか。
親友を連れ出して旅に出たことがある。
行く宛のない旅だった。
人気のなくなる23時に集まって、眠い眠いと言いながら車を走らせた。
富山県から車で旅に出る場合、ルートはある程度限られる。
富山県が深い海や高い山に囲まれているためだ。
目的地も金もないとくれば、その少ないルートから高速道路という選択肢が消える。
残りは8号線で石川、新潟に抜けるか、41号線で岐阜に抜けるかだ。
岐阜に向かう41号線は、コンビニも無い暗く曲がりくねった谷を走ることから辞めた。
同じような理由で、新潟に向かう8号線も辞めた。暗く曲がりくねった海岸線を走るからだ。
少なくても、両者ともに素人が夜に走って良い道ではなく、こんな道を毎日走る運送業の方々には感謝の念に堪えない。
話が脱線した。
必然的に残った選択肢である石川に抜ける8号線を、2人で話しながら走っていく。
そして、どちらともなく目的地を定める。
石川県の半島の先端に行ってみよう、と。
富山県に住んでいると、どうしても一度は思うのだ。
能登半島の先端はどのような場所なのだろう、と。
普通に過ごしていては行かない場所だから。
行こうと思わないと、たどり着けない場所だから。
そうと決まればとナビゲーションを起動した。
目的地は狼煙にある道の駅だ。
珠洲(すず)も狼煙(のろし)もしらなかったが、取りあえず朝まで車を停められる場所、ということで道の駅に行先を定めた。
走る道はのと里山海道だ。
のと里山海道は無料の高速道路のようなもので、山道を滑るように進むことが出来る。
登ったり、降りたり、曲がったり、ジェットコースターのような山道にだんだんとテンションが上がっていく。
道中に生きた狐を何匹も見かけた。北海道以外に生きた狐がいることを改めて知った。北海道の狐はセットの寄生虫のエキノコックスが有名すぎて、てっきり本州の狐は居ないものと思っていた。
やがて先端に向かう頃には道も狭くなり、目的の道の駅にたどり着く。
トイレにのみ電気がついていたので、ありがたく用を済ませ、空が白むまで仮眠を取った。
朝、というには夜が深い4時過ぎだったか。
2人で車から降り、背伸びをする。
まだ蝉も寝ぼけるような時間だ。
夏にしては冷たい空気が、張り詰めたように感じた。
静謐な空気とはこのようなものなのだろう。
自動販売機が唸る音だけが響く世界にどことなく寂しさを感じた。
自動販売機で眠気覚ましの飲み物を仕入れ、灯台に向かう道を進んでいく。
途中でソーラー電池式の花型のライトがあった。
色とりどりの灯りが、ここに人が住んでいることを伝えてくれた。
綺麗だった。
道中にある観光名所の千枚田を思い出す灯りだった。
その先に、灯台があった。
大きい。
当時の写真は既になく、見出しの写真はnoto内で検索しヒットしたものだが、大きな白い灯台が緑の丘の上に鎮座していた。
確かこの辺りに展望台と説明書きがあった気がする。
ゆるりと説明に目を通して、横にあった散策路を途中まで進むことにした。
全長何キロだったか忘れたけれど、能登半島には歩行者用の散策路があるのだ。
整備されているとは言いづらい、緑に溢れた散策路の横に畑があったのを覚えている。
途中、隣のトトロにあるような緑のトンネルをくぐり、きりのいいところまで進んでから折り返した。
適当な装備では、とても歩ききれる道のりではなかったからだ。
戻る頃には世界が橙色に染まっていた。
朝焼けというものを久しぶりに感じた気がした。
行くときには気づかなかったが、ゲストハウスがあったので立ち寄ることにした。
椅子が倒れていたりして、どことなく廃墟感があるゲストハウスの中には来訪者用のゲストブックがあった。
確か、何かを書いた気がするが、内容は忘れてしまった。だが、記録を探せばきっと、私と親友の名前が残っているだろう。
それを見ることは、きっともう無いと思うけれど。
帰りの車は二人で話すことなく帰った。
親友が疲れて寝ていたからというのもあるが、あまり話そうという気持ちになれなかった。
あまりにも美しい世界が能登半島の先端にあった。
まるで時が止まったようなその世界は、記憶の中でも止まっているみたいだった。
鮮明でありながら、同時にセピア色になっていく不思議な光景が、目に焼き付いて離れなかった。
世界はきっと、人が居なければ、あんなにも美しいのだ。
そんなセンチメンタルな気持ちが、言葉を紡ぐのを妨げていた。
そうして、私の忘れられない旅は終わった。
2024年の1月1日。能登半島地震。
縁あって羽咋に居た私は少し被災したわけだけども、狼煙はしっかりと被災していたはずだ。
忘れられないあの光景が、今、どのようになっているかを、私はまだ、確かめることが出来ていない。
いつかまた訪れる。
私は心にそう決めている。
その時はきっと、また忘れられない旅になるに違いない。
セピア色の朝焼けが橙色に染まるその時を。
私は、心から待ちわびている。
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