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被害者はつらいよ、葛飾四つ木編

世の中には様々なタイプの被害者がいる。
人為的ミスによる事故、災害、虐待、誹謗中傷等々、どの様な被害があり、どの様に苦しんでいる人がいるのか?
これを網羅的に把握している人は存在しえないだろう。

私は犯罪被害者であり犯罪被害者遺族である。
いやいや交通事故でしょ?と思われる方もいるかもしれない。
確かに、どうにも避けられない交通事故と言うのはあると思う。

一方で、娘と私は、赤だと分かっていてわざと信号無視をした直進車にノーブレーキの時速57㎞で、青信号の横断歩道上で轢かれた。
結果は、11歳の娘が死亡し、私は重症を負い生き残ってしまった。

事件の発生は2020年3月14日。
それから2年の年月をかけて、様々な苦闘の末、2022年3月22日に加害者に懲役6年6ヵ月の危険運転致死傷罪成立の判決が出た。
加害者は控訴してこなかった。同年4月に判決は確定した。

避けられなかった偶発的な事故ではない。
明確にルールを破る意図があって赤無視をして、11歳の娘を即死させられ、私はその瞬間意識が飛び重症を負った。
出来る事であれば、私が死に、娘を守りたかった。
しかし、私は生き残ってしまった。

これは犯罪であると断言したい。
私は、犯罪被害者であり犯罪被害者遺族である。

犯罪被害者は事件の日以来、何もかもが一遍する。

何もかもが。

「そんな人生俺なら生きていけない。」、「俺なら相手を殺しに行く。」

そんな事を言われたこともある。

しかし、現実は仇討ちも自死もできない。
その様な事をしても事件前に戻れるわけではないし、なんらの苦しみの解消策にもならないからだ。
自死を娘が望むだろうか?そう葛藤すると自死などできなかった。

一方で、「これからはもう夫婦2人で娘さんの思い出話でもしながら旅行にでも行けばいいじゃないですか」
「男なんだからそのエネルギーを仕事で発散しろ」と言われたこともある。

到底そんな気持ちにはなれない。

みんな声をかけて下さる人は同情や励ましの気持ちで言ってくれている事は分かっている。
だから、「実際の私の気持ちはこうなんです」と複雑に折り重なる悲しみと自責の念を誰かに語る事はしない。

しかしである。

加害者にできるだけ重い刑罰をと奔走した刑事裁判を終え、何の落ち度も無い娘の奪われた未来に比べれば軽すぎる6年半の懲役という現実を前に、昨年2022年から胸に誓った事は一つ。

絶対に娘の命と自らの体験を無駄には出来ない。

娘の魂に誓って、自分が出来る範囲で悪質運転の抑止に繋がる行動、不幸にも悪質運転による被害が発生した場合には被害者の方にとって何か一つでも役に立つ行動をしたいと考えた。

具体的な行動として様々な事を考えて来たし、今も考えている。
その一つが我々の事件の現場交差点への防犯カメラの設置であった。
交通事案の場合、客観的証拠として防犯カメラが果たす役割は小さくないと思う。
実際、我々の事件ではドライブレコーダーはあったが、目撃者なし、防犯カメラなしで証拠が少し物足りないと言う事があった。
交通事案の場合、加害者の供述が事件から1カ月、半年、1年と時間の経過と共に変わっていく事が多い。
やはり重い罰は嫌だと言う本能が勝ち、加害者が自分に有利な供述に変えてしまう事が多い。
その場合にドライブレコーダーや防犯カメラなどの客観的な証拠が無いと、疑わしきは罰せずなのか、加害者に有利な判断がされる事が多い。

この供述の変遷に泣かされている被害者は多い。

だから防犯カメラを設置したい。
まず我々の事件現場に設置して、行政にもその重要さを共有して欲しい。
そう考えた。

寅さんの街、葛飾の葛飾区長にその事を訴えたいと思った。
いきなり、犯罪被害者だから区長に会わせろと、そんな無理筋な事は出来ない。当然だ。物事には段取りがある。マナーもある。

私は区役所のHPからメールで区長に要望を伝えた。
実はそれ以前にも2度ほど区長にはメールでコンタクトをとろうとしていた。しかし、いわゆるお役所定型の返信が来るだけで、区長と会う事は出来なかった。
防犯カメラについてはどうしても実現させたいと思った。
しかし返答は下記の様の物だった。

「このたびの大変痛ましい交通事故につきまして、改めまして心よりお悔やみ申し上げます。

四つ木五丁目交差点への防犯カメラの設置の要望につきましては、国道の道路管理者である東京国道事務所亀有出張所及び、交通管理者である警視庁葛飾警察署にご要望をお伝えし、ご検討いただくようお願いしました。

交通事故は減少傾向にございますが、残念ながら、区内でも交通死亡事故がまだ発生しております。

区といたしましても、引き続き、区内道路における交通安全対策について、警察署や各道路管理者と連携して取り組んでまいりますので、何卒、ご理解を賜りますようお願い申し上げます。」

国道だから区役所が管轄ではない事は分かった。
しかし、なぜ私が自費でもよいから防犯カメラ設置が大切だと考えるのか?その思いを共有しようと言う意欲があるとは感じなかった。

区長に「助けて」とコールしたがレスは無かったと言う事だ。
ちゃんと返事をしたじゃないか!と言われるかもしれないが、事はそういう次元の話ではない。

困った私はダメ元で地元選挙区の平沢勝栄議員にHPから窮状を訴えた。
すぐに平沢議員から電話が来た。
会いに来てくれた。
話を聞いてくれた。
管轄の国土交通省に繋いでくれた。
そして、交差点の安全工事が実現し、防犯カメラの設置も実現した。
平沢議員も国交省の担当の方も、なぜ防犯カメラの設置に私がこだわるのかを、本気で聞いてくれた。
聞いてくれる人がいて、何とかしようと仕事をしてくれる人がいて、私は嬉しかった。
そして、全く意図も予想もしていなかった事だが、慰霊碑設置の計画もある事を知らされた。
そこまでやって頂いて良いものかと言う戸惑いが無かった訳ではない。

しかし、皆さんが善意で計画して下さっていると知り、ありがたい話だと思い、お任せする事にした。
それが2022年12月9日の事。

年が明けて2023年。

1月11日(水)は心が落ち着かない日だった。
私は自身が負った顔の傷について後遺症として認められるかを、損害保険料率算出機構という所に出かけて確認の面接を受けねばならない日だった。
自宅から千代田区にある機構まで車で出かけた。
現場の四つ木5丁目交差点を右折して水戸街道を向島方面に進路を取る。
浅草を抜け、浅草橋を抜け、目的地に向かう。

四つ木5丁目の交差点で右折信号待ちをする時、停止線ギリギリに停まると、左斜め前に現場に欠かさず置いている花が見える。

右ハンドルの運転席からは少し前のめりにならないと花は見えない。よっと顎をハンドルの上にのせて左斜め前を目視すると、さやさやと風に揺れ、控え目な姿で花はあった。

信号が青に変わり右折を開始する。
おろしたての生地の様な真っ白な白線が目の前に現れた。
ゆっくりと右折しながら、交差点の工事が始まったな、と妻と小さく会話した。

右左折のラインを誘導する白線が、以前はかすれた様になっていたが、まずはここから工事を始めますとばかりに、初々しい程に真っ白な姿でお目見えした。
嬉しかった。


交通事案の被害者は損害賠償金で多額の金を獲る、その様に揶揄される事があるのを知っている。
私は損害賠償金の争いである民事裁判においても刑事裁判同様に可能な限りの成果を得たいと思っている。
失われたものがあまりにも大きい。
だから、一切妥協はできない。

損害保険料率算出機構での面接で、傷を査定されるのは、正直、嫌だった。
「交通事案の被害者は損害賠償金で多額の金を獲る、その様に揶揄される事がある」その事が頭にあったからだ。

しかし、面接で傷の形状や大きさを測定してくれた計3名の方は皆さんとても慎重に中立的な立場で測定しようと言う真摯さにあふれていた。
私は嫌な思いをせずに安心した。
もちろん後遺症が認定されるかどうかは分からない。
それは任せて待つしかないのだ。

私は四つ木5丁目交差点の工事の事が気になっていた。
その交差点を車で通るたびに、加害者と同じ進路を取るたびに、ここで赤を見たのに直進したのかと、いつも想像してハンドルを握っている。

その交差点が明らかに徐々に姿を変え始めていた。
白線がくっきりと表れた。
停止線の位置が変わった。

運転席からもその変化をはっきりと感じる事が出来た。

工事は夜の9時から翌朝6時にかけて行うと看板に書いてあった。
その日、損害保険料率算出機構での面接を無事に終えて安堵していた私は、妻と飼い犬と一緒に工事の様子を見に行くことにした。

工事の為の車線規制があり、何人もの人達が忙しく動き回っていた。
想像以上に大きな工事で、少し興奮を覚えた。
国道なのでもちろん我々の道路ではない。
しかし、妻とありがたいねと言葉を交わし、早速Twitterで発信しようと思った。

刑事裁判が終わったのが2022年の3月、下半期は平沢議員に会ったり、大分の署名活動に行ったり、様々な活動を続けている先輩犯罪被害者遺族にお会いしに行ったりと心身の調子に波がある中で勢力的に動いた。
そしてTwitterを始め、一被害者の生の等身大の姿を可能な範囲で発信し始めた。

工事の画像をtweetしながらそんな事を振り返っていた。
その時にふと、結局、青木区長には会えなかったなと、青木区長ってどんな活動してるんだっけと検索をかけると、区長がTwitterをやっている事を知った。
へえと思い、スクロールしていくと、現場慰霊碑の事に触れているツイートを目にする事になってしまった。

私は仰天した。
区長が本件をこの様な形で昨年11月中旬に我々を豪快に飛び越えて発信している事にも驚いたが、ツイートの内容にも驚いた。

「今日四つ木5丁目交差点への交通安全碑建立について、①地元の皆さんから要望がありました令和2年に、当時、小学5年生の児童が②交通事故に巻き込まれてなくなられたことを踏まえての安全碑の建立です、③これからの子供たちの安全と事故防止のためにぜひ実現したいと思います。

①地元の当事者である私も昨年5月に要望してますけど。。。
②交通事故に巻き込まれて?これは看過できない表現ですね。
③これからの子供たちの安全と事故防止のためにぜひ実現したいと思いますとは、交通安全碑の建立を事実検証を飛び越えて美談にしてませんか?

胃が痛くなった。

百歩譲って、安全碑の建立を区政のPRにするのは良い。
しかし「交通事故に巻き込まれて」という表現は、私と妻と、弁護士先生と公判検事が闘ってきた現実を振り返れば、絶対に看過できないと思った。

妻は不安がったが、すぐに引用ツイートをした。

怒りで眠れぬ夜を過ごし、翌朝すぐに葛飾区役所に電話した。
区長の秘書と話したいと。
区長の秘書にはスムーズに繋げてもらえた。
区長の秘書の方は予想に反して、マイルドで丁寧に私の怒りを聞いて下さった。
決して、ただへりくだるだけでない、人としてこれは聞くべき話だと分かって頂けていると言う手応えを感じた。

区長に会いたいと言うと、明日なら20分時間が取れると言う。
20分。。。少ないなあと思ったが、とにかく会って話さねばならないと思い了解した。
ただし、今日は事前に秘書である貴方に会いたいと伝えた。
OKだった。

そして、すぐに区長宛てに何が不愉快でどうして欲しいのかをペーパーにまとめ、葛飾区役所へ向かった。

秘書の方は電話で話したイメージ通りマイルドで丁寧な雰囲気の方がった。

ペーパーを手渡し、明日これを区長にお渡しするつもりなので、事前に目を通して頂き、前裁きをして頂きたいと伝えた。
秘書さんはこちらの思いを極めて真っ当に理解してくれ、その様に段取りすると快諾してくれた。
まずは良かったと思った。
話が通じる人と出会えるのはとても大事だと被害者になってつくづく感じるからだ。

帰宅し殆ど寝れなかった昨晩の分を取り戻すべく豪快に寝た。
流石に区長も事前に何か予習するのではないかと言う、今覚えば大甘な期待もあった。

寝不足を解消し、念のために柳原三佳さんに一番最初に書いて頂いた記事と、共に闘って下さった高橋正人弁護士と上谷さくら弁護士と記者会見をした際の記事を印刷した。そして、多分その価値は分からないだろうが、2月に警視庁で捜査官向けに話をするきっかけになった「月間交通9月号」もまとめてクリアファイルに入れ鞄にしのばせた。



そして、1月13日、おお13日の金曜日だ、に区長との初対面に臨んだのである。

大きな応接室に通された。
マイルドな秘書さんと、葛飾区ではまだ未整備な犯罪被害者支援を担当する部長さんが同席すると言う。
区長への要望書には中野区で犯罪被害者支援に非常に力を入れて来た方がいらっしゃるので、葛飾区もそれを参考にして欲しいという内容を入れていたので、マイルドな秘書さんがピンと来て、その担当部長さんを同席させたのだ。

区長が部屋に入ってきた。
名刺交換する様子は無かった。

ほぉと思った。

どちらが抜くんだみたいな殺伐とした時間が流れた。
お話があれば伺いますが、なにか?みたいな事を区長が口火を切った。

私は、マイルドな秘書さん事前に前裁きしていたんじゃないの?と不意をつかれた。
こちらが正して欲しいと思う表現と、事件の実態について、区長はどの様に理解していて、区長の言い分はどの様なものなのかの説明がまず第一声だと思っていたからだ。
一気に緊張度合いが上がった。
はたから見たら最悪の雰囲気だっただろう。

妻がまず話始めた。
これは故意の赤無視の犯罪だと。
交通事故に巻き込まれてと言うのは受け入れがたいと。
区長は黙って聞いていた。

妻はこの事件はご存知でしたか?と聞いた。
区長は「後からその話を聞かせてもらった」「知らなかった」と言った。
まさか全く予習してないのか?自分の大甘さに動揺した。

妻はあのツイートは事件の実態を全く知らないで発信した事が明らかで、娘を失った遺族としては辛いと訴えた。

しかし、もうツイートは発信されており、これを機会にお会いしたのだから区政として犯罪被害者にスポットをもう少し当てて、我々も協力するから区政をもっと頑張って欲しいと続けた。

区長は、手続きについてはこれまでも必要なものを着手済みだし、着実に進んでいると答えた。

例のツイートについては、ご要望があり、碑を建てる事は大切な事だと思ったので区民の皆様に知って頂きたい、こうした交通事故を減らしていきたいと言う趣旨で発信したと言った。

そして、そのツイートでは怪我をした私と、亡くなった娘については触れてませんけれども続けた。
そこで、私は震える声で「触れてるじゃないですか」と言った。
交通事故に巻き込まれたって触れてるじゃないですかと。

区長は不愉快だった様だ。
こう反論してきた。

「交通事故に巻き込まれた云々の言葉の揚げ足取りではなくて」

私は静かに、しかし確実にキレた。(遺族の人はわかりますよね。そりゃ、キレますよね。)

「あのね、あのね」とあのねを何回言ったか覚えていない。
「区長、これは覚えておいて頂きたい。これは犯罪なんですよ。裁判所が様々に精査した上での犯罪と認めたものなんですよ。言葉の揚げ足とりではなくて、巻き込まれたと今回の事案では全く違うと言うのは裁判所が言っている事です。言葉の揚げ足取りと言う発言は極めて失礼ですよ」

区長は一枚上手だった。

「あーそうですか、皆さんの態度も失礼だと思いますよ」
とまさかのカウンターを入れて来た。
妻は皆さんって誰ですか?と聞いた。
「どうしてですか?」と私は聞いた。
区長は言った。
「あのーはっきり言ってですね。それなりに私はですね%$&#@、、、」何が失礼だったのかは教えてもらえなかった。

私から再度話しかけた。
「先ほど我々が失礼だと言う話があったが、我々は何度か葛飾区にコンタクトを取ろうとしていますが結局コンタクトはなく、区長のTwitterを見たらあのようなツイートがあり、巻き込まれたと言うのと犯罪で殺されたと言うのは違うので」
そうすると区長が何かを言おうとしてきたので、「最後まで聞いて下さい」と繰り返した。
区長は「じゃあお聞きします。しかし私の話も聞いて頂きたい」とご不満な様子だった。
「もちろん聞いてるじゃないですか、さっきからずっと聞いているじゃないですか」と私は不満の返り討ちを試みた。
「わかりましたお聞きします」と区長は聞く耳を持たれた。

私は続けた。
「本来であれば我々からどういう事を問題と感じているかをヒアリングした上で区政や現場交差点の改良を進めて頂くのが筋だと思います。ところがその様な筋が通らないままに、全く我々が知らないところでツイートにあったようなやり取りが行われていた。それ自体は地域の皆さんが碑を建てたいというお声を上げてくれてありがたい話だと思います。一方できちんと理解されていない事があのツイートではっきりわかりました。それは一区民として、区長それはちょっと失礼なんじゃないですかと、ずっとその思いを抱えたまま来ましたと、で今日の第一声がなんですか?と、話があるならききますけど、と言う事でした。いきなり今日一方的にお話しても実がある話が出来ないだろうと考えたので、昨日、秘書さんにお会いして(ここで妻が気分が悪くなり退室)事前にお話をさせて頂きましたと。我々としてもなるべく実のある話がしたいと考えてアプローチしているので、そこはご理解頂きたいと。そもそも失礼だと言う出発点が我々にあるので、区長からお宅ら態度悪いねと言われても、なかなかそれは噛み合いませんよ。
まず、今回お願いしたいのは事件の特殊性と言うか悪質性について、今日記事を持ってきましたので今一度お読み頂いて、ご理解頂きたい。私は何のためにあそこに防犯カメラの設置をしたいかと言うと、裁判では証拠が全てという現実がありますと、うちの事件でも証拠が弱いと当初言われたが、必死に奔走して何とか危険運転になったという経緯があります。であれば、今後の為に何か生かして頂きたいと言う事で防犯カメラのをつけて頂きたいと、自費で構いませんからと、こうした話を首長である区長とまずどこかのタイミングでお話させて頂いた上で、いやあれは国道なんで葛飾区の管轄じゃないんですと言う事になれば、例えば国会議員の先生をご紹介頂くとか、一旦テーブルに着いて問題共有をした上で事を進めて頂きたかった。交通事故について各社で報道されるのは池袋暴走事故を除けば珍しいことであり、それが葛飾区で起きた、ところがある区議会議員によると区議会でも本件は一切議題に上がっていないと、これはちょっとおかしいんじゃないかと言うのが、私の率直な思いなわけです。そういう思いが溜まっていくなかでのあのツイートだったので、そりゃ怒りますよねと言う事です」

区長は少し軟化した。
「私自身認識が無かった事は確かに事実です。今日、記事を見せて頂けると言う事で、昨日秘書さんから話を聞いて、大変に痛ましい、犯罪によって引き起こされた事故だと、加害者は収監されていると聞きましたので、そう言う犯罪によって起きた事故であるとの認識はその時には持ちました。様々な犯罪によって引き起こされた事が、なかなか被害者も救済されないし、犯罪をなくしていく取り組みと言うのが必要だと私自身を思っていますので、それに向けて取り組みを進めて行きたいなと思っています。etc..。昨日秘書さんから報告を聞いて、じゃあまた明日ご本人からお話をお聞きした方が良いだろうと、やはり秘書さんから聞くのとご本人から思いを聞くのは違いますのでね」(なんだよ区長分かって頂けてたんじゃないですか)

私は言った。
「そりゃそうですよ区長、思いを聞くのは大事で、もっと早く聞いて頂きたかった。」
そろそろ持ち時間も来たので、持参した記事の説明と、要望3点の確認をしてクロージングにかかった。

最後に一言お聞きしたいと申し上げた。
「区長は人として誠意をもってこの問題にあたりたいとお考えと言う理解で宜しいでしょうか?」

区長は
「私自身は区内で起こっている事について、基本的には誠意をもって取り組んでいます。区民の声を聞く会もやっています。今日もここへ来る前に工場を見て様々な課題を%$&#@、、、」

と言う感じで20分が終了。

私がだした要望は下記の3点。

①     Twitterで、本件は犯罪被害であり、事件の態様をよく理解せずTwitterを発信した事で犯罪被害者遺族である私どもを深く傷つけた事、まず私から昨年5月に問題共有の要望があった際に会って話を聞き再発防止策を共に考えるべきであったと、謝罪して頂きたい。

②     葛飾区として、犯罪抑止の為にどの様な施策が必要か関係各所に検討する様に指示を出して頂きたい。

③     犯罪被害者支援について、葛飾区は遅れていると言わざるを得ません。
犯罪被害者等基本法5条に基づき、犯罪被害者支援について、真剣に取り組むべきと考えます。
中野区に、犯罪被害者支援について長年取り組まれた方がいらっしゃいます。
この方にご連絡を取って頂き、葛飾区の犯罪被害者支援について改善すべき点の点検と改善実行を行って頂きたい。


業腹であった。

午後、被害者支援都民センターに行く用事があったので、何とか心落ち着けて、支援員の方に話を聞いてもらって少し落ち着いた。

被害者支援都民センターの駐車場から秘書さんに電話して、我々の何が失礼だったのか?再度聞いた。秘書さんは板挟みで何とも、、、と恐縮するばかり。
ちょっと話もあるので夕方に会いたいと言うので、分かりましたと答えた。

夕方、現場交差点で待ち合わせた。

秘書さんは誠意をもっていると今も思っている。

秘書さんは密使として要望3点について回答を持っていた様だ。

①できません。謝罪・撤回の必要無しとの事。
②検討します。
③検討します。

該当ツイートは不愉快であれば削除しますと。
私と妻は答えた。
いや、削除しなくて大丈夫です。
そして念のために秘書さんに尋ねた。

「今日持参した記事等をご覧になっても①はできませんと言うのが青木区長の最終回答で宜しいでしょうか?」

彼は静かに頷いた。

夕方で辺りはもう暗くなっていた。
私はこの事をこの様にnoteに書いて、後はもう良いかなと思った。

平沢勝栄議員や地元で碑の建立に尽力されている方には今日の区長とのやり取りを率直に報告した。

私なりに仁義は切った。




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