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良い仕事とは何か

来月2月に警視庁で捜査官向けに話をして良いと言う時間を頂いた。
警視庁は所轄に102の警察署を配置していると言う。
その102の警察署の交通捜査官、とりわけ危険運転に関心を持っている現場の捜査官にこの様な時間があるとアナウンスされると言う。
最大の目玉は城祐一郎先生とのコラボ企画であると言う事だ。
私が1時間の時間をもらい、その後、城先生が捜査官向けに実務講義を行うと言う。
実務講義については、捜査に関わる内容なので一般人である私は聞くことが出来ない。

逆に言うと、それくらい本気の企画であると言う事だ。

2020年3月14日の事件から約3年。
2022年3月22日の判決から1年未満。

思えば、警視庁も良くこの企画を実現してくれたと思う。
大変にありがたい事だ。


私は法律家ではない。
しかし、私も法を勉強し、それに基づく仕事をしてきた。

税法である。

謙遜ではなく、私は平均辺りをウロチョロしている程度の専門職である。
キラキラする様な、人を感動させる様な仕事は出来ない。
法を物知り顔で語れる程の知見も無い。

しかし、税の世界でも、原則的には全ては法に基づいて運用されている。
そして、実務の判断の拠り所になるのは、やはり裁判例(裁決事例含む)である。
重大事案になればなるほど、である。

当然に刑事罰も同じはずだと、私はICUから一般病棟に移ってすぐに法令を調べ始めた。
そして、赤信号無視には過失運転致死傷罪と危険運転致死傷罪の適用がある事を知った。
この危険運転致死傷罪が1999年に起きた東名高速飲酒運転事故が大きなきっかけとなって創設された事もその時に初めて知った。

条文を見た。

自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律
(危険運転致死傷)

第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。


七 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為


法2条7号。
なんて簡単な条文なんだと思った。
税法に比較すると格段に平易な表現で、米粒みたいに条文も少ない。

私は担当の警察捜査官に病棟の自販機の前から車椅子に乗って電話をかけた事を今でもはっきり覚えている。
私はこの時、まだ交通事案の難しさ、異常さを全く知らなかった。

「条文を見ました。うちの事件は危険運転致死傷罪ですね?」

そう聞いたと思う。

電話の相手(娘の遺体との対面を撮影してくれた若手の女性捜査官)は、今、捜査中であると、明言を避けた。

「重大な交通の危険を生じさせる速度」に我々の事件は「該当する」事は既に調べ済みであった。
捜査官も同じ理解だった。

では、「殊更に無視」が論点なのか?と聞いたら、彼女はその通りであると答えた。

娘と私は、歩行者の信号が青に変わってから数秒経って横断を開始している。
そして、横断歩道の中ほどまで達した記憶ははっきりとある。

つまり、加害車両は対面信号が赤に変わってから相当程度の時間が経っている事は明らかだった。
実際に加害者は赤を見たけど直進したと供述している旨の説明を警察から受けた。


なぜこれが「殊更に無視」と即断できないのか?
私にはさっぱり分からなかった。
警察捜査員の話しぶりや表情、面談した副検事の曖昧な説明。
気持ちは分かるが危険運転は難しいという匂いがプンプンした。

交通事案の当事者になって初めて分かる事だが、被害者に全く落ち度が無い死亡事案でも、今の日本の法律では加害者は刑務所に入らない確率の方が圧倒的に高い。
交通事案で人の命を奪っておいて、そのうち刑務所に行くのは10人中1人未満と言う世界だ。

信じられない人も多いと思うが、飲酒運転で人の命を奪っても、刑務所に行かず執行猶予になると言う事が、この国では当たり前に行われている。

私は何のためにこの法律があるのだと、常識を常識だろ?と事細かに展開しなけばならない不毛さに愕然とした。
赤と分かっていて交差点に突っ込んで人の命を奪っても、飲酒運転をして人の命を奪っても、過失犯(うっかり犯)として大した刑に処されない。
場合によっては、執行猶予がついて、事実上何らの罰も受けない。
こんな事が許されて良いはずがない。
法が果たすべき抑止の効果が全くない。

私は退院後にネットで裁判例や学者の判例解説を調べまくった。
しかし、私が必死になればなるほど、警察捜査員も警視庁の被害者支援員もそして検察も、お気持ちは分かるがとなだめる事に必死になる事が良く分かった。

当事者になって初めて知ったが、素人理解でざっくり言えば、警察は検察がどの様な罪で起訴するかの証拠集めをする部隊であり、法律的な判断は一切できない。
つまり、現場の警察捜査員が「これはおかしい。危険運転として処理すべきだ」と検察に送検しても、検察が「いやこれは過失犯です。」と言ってしまえばそこまでだ。
常識的に考えてどんなにおかしな運転でも、危険な運転でも、検察が過失犯として起訴し裁判がスタートすれば、後はどんどん9割超が執行猶予になる流れに乗るだけである。
そして、検察は負け戦に臨むことはほぼ無い。
手堅い闘いを常套にしている。

「殊更に無視」とは何か?法的要件に照らして説明せよ。
これを何度も私は検察に問うた。
「例えばパトカーに追われている状況」「ドライブレコーダーに、赤だけど行ってしまえ、と録音が残っている状況」
と当初の副検事は答えた。
それが要件だと何処に書いてあるのか?
私は、納得できなかった。(当然であろう。)


最高裁は「赤色信号であることの確定的な認識がない場合であっても、信号の規制自体に従うつもりがないため、その表示を意に介することなく、たとえ赤色信号であったとしてもこれを無視する意思で進行する行為も、これに含まれる」(最高裁平成20年10月16日)と言っている。

これとどこが違うのか?説明せよと言っても駄目だった。
この積極的な私の対応にはリスクもあった。
検察が面倒がってさっさと過失で起訴してしまうリスクである。

・加害者は事件発生の3月14日から間もない3月25日の実況見分で、停止線前28mで赤を見たと言っている。
・赤を無視する明確な動機についても供述している。(上記、産経新聞の記事参照)

なぜこれが「殊更」にならないのか?
検察から明確な説明は一切なかった。

私は平成26年3月26日の東京高裁の判決文を読んでいた。
うちの事件と酷似していると思った。

危険運転に強い弁護士に変えようと思っていた。
どの弁護士に託すかで処分の運命は変わる。
娘は生き返る事はない。
例え重い処罰だろうが、軽い処罰だろうが。

しかし、こんな事が許されて良いはずがない。
その一心で新しい弁護士を探した。
高橋正人弁護士と電話で話した。かなり変わった人だと思った。
迷った。
しかし、私が言ったわけでも無いのに平成26年3月26日判決の判例解説をPDFで送ってきた。つまり同じ判例を参照していた。
「これは」と思った。
そして、委任契約を結んだ。

プロ中のプロの法律家が検察に切り込んだ。
検察の緊張感は全く変わったはずだ。
それでもギリギリだったと思う。
検察はそれくらい過剰に保守的な仕事、100%勝てる仕事しかしない。
社会正義の実現の為に犯罪に立ち向かう、裁判でその事を問う、みたいな事は、あの組織からは感じられない。
当事者になって初めて知る事だ。

確かに、正義感に基づき懸命に仕事をする検察官もいるし、実際に我々はその様な検察官に出会った。
しかし、彼女とて組織人である。
組織の理論の中で孤軍奮闘してくれ、ギリギリやっとの思いで危険運転で立件してくれた。

しかしである。
もし彼女の様な検察官に出会えてなかったら?
高橋弁護士の様なプロフェッショナルに出会えてなかったら?
そもそも私が法令や判例の重要さを知らなかったら?

こうした様々な条件を満たさないと、本来であれば裁判で危険運転と認定されるべき事案も、裁判の土俵にすら上がれず淡々と過失犯で裁かれ、執行猶予9割超の世界に放り込まれる。

こんな事が野放しにされて良いはずがない。

本題である。

私は自身の体験を通じて確信した。
現場の警察捜査員も悪質犯を危険運転で「やりたい」と思っている。
しかし、実際には検察に過失で押し返される案件ばかりだろう。
これでは、現場の警察捜査員の士気は落ちる。
ベテランになればなるほど、その現実を熟知しており、それが若手にも伝染する。
結果、取締りがどんどん形骸化し緩くなる。
また士気が落ちる。
こうした悪循環が絶対にあるはずだと。

現場の警察捜査員が裁判例にアンテナを張るなど不可能だ。
想像するに、相当しんどい仕事だろう。
理論を詰め込む暇などなく、ましてや判例を読むなど有り得ない事だろう。

税務の世界でも、裁判例は重要である。
しかし、一部の切れ者は除いて、一々裁判例を丹念に読み込む暇はない。
第一、判決文は難解で一読して分かる様な物は少ない。
そこで頼るのが判例解説や、判例を元に作られたケーススタディー本(実務書)である。

私は、娘の事件も解説記事を書いてもらい、警察、検察の実務の現場に拡散して欲しいと思った。
赤無視の事案ではリーディングケースとして絶対に参考にして欲しい。
勝つ構えを知って捜査にあたるのと、そうでないのとでは、仕事の濃度が絶対に違うはずだ。
どうせまた押し返されると言う思いがあっても、こうして勝った事例がある、どうやったんだ?と仲間たちが作ってきた実績を手本にして欲しいと考えた。
手本があれば決裁者である上司も説得しやすい。

その拡散をする上で学者の力を借りる事がマストだと思っていた。
危険運転の矛盾に気付いている学者、現実と法運用の乖離に問題意識を持っている学者は誰か?
何人かに押しかけメールでコンタクトを取った。

そうした中で城先生の以下のメッセージを見つけたのである。



捜査官は何のために自らを犠牲にしているのか

近時は,働き方改革という美名の下に,働かないことが美徳とされるようになってきている。しかしながら,そのような方針に従って働かないで生活を送れる人は,実はそれほど多くはないであろう。大企業のサラリーマンのような恵まれた人たちが更に恵まれた人生を送るだけのように思われる。

一方,捜査に携わる者らに自由な人生が与えられるのか。刑訴法は,逮捕時間は48時間とし,勾留期間は長くても20日である。この間に,土日や祝日が入ろうとも,その分を延ばしてはくれない。いきおい捜査に携わる者らの自己犠牲により,土日等も出勤して捜査をやり遂げることになる。子供の運動会も授業参観も行けない。たまに子供らより先に家を出ると,「お父さん,また来てね。」と言われる。およそ働き方改革とは無縁の人生である。

しかし,そのような犠牲を払ってでも,既に被害に遭った人たちの無念な思いをはらすため,また,まだ被害には遭っていない多くの人たちを新たな被害から未然に救うために,誰かが犠牲にならないといけないのである。

本当に悪い奴ほど隠蔽・隠滅工作をうまくやっている。それを打ち破るだけの捜査を実施しないと,結局は,悪い奴ほどよく眠るという社会になってしまう。それを防ぐことができるのは,警察や検察の捜査の一線で身体を張って闘っている者たちだけである。

ただ,その闘いのためには,捜査官も理論武装をする必要がある。闘う相手は,悪い奴らだけでなく,その弁護人もいる上,最終的には,裁判官を説得できる捜査でなければ失敗に終わることになる。そのためには,刑事法の原理,原則等をよく理解した上,最新の情報や理論にも習熟しておく必要がある。本職が捜査研究等に愚稿を載せるのも,少しでも捜査現場の一助になればとの思いからである。浅学非才の身でありながら偉そうなことを言っていると内心忸怩たる思いはあるものの,やはり現場の捜査がうまくいったという達成感を味わって,美味しいビールを飲んでいただきたいとの思いからである。

城 祐一郎

【著者からのメッセージ(警察・司法) 城 祐一郎 先生(2020.06.19 UP)】東京法令出版株式会社 (tokyo-horei.co.jp)



私はこれを読んで、控え目に言っても感動した。
相手にしてもらえない可能性もあるかと思ったが、すぐに城先生の勤務先にメールをした。

返事はすぐに来た。
しかも、娘の事件に注目していたと言う。

私は判決文諸々の資料を添付しすぐに城先生に送った。
そうすると、こんな返信が来た。

「娘さんの死を少しでも前向きなことにもっていけるように,私が警察に娘さんの魂を伝えたいと思っています。」

城先生は口だけではなかった。
最初のコンタクトからわずか2カ月余りで、すぐに交通捜査官向けの雑誌に娘の事件を解説記事として掲載してくれた。
驚くべきスピードだった。

この解説記事が世に出た事で、私は俄然、動きやすくなった。

記事のコピーと手紙を添えて、東京地検、葛飾警察、警視庁、警察庁と事例共有を訴えまくった。

相手にされず悔しい思いもした。
激高した事も数知れず。

しかし、仕事をする上で拠り所になる好事例がいかに大切かを

「現場の警察官も人間で、職務を離れれば、一お父さん、お母さんである方が多いと思います。
皆さん、絶対に良い仕事がしたいはずです。」

と、青臭いと言われようが訴え続けた。

城先生に直接会い、酒を酌み交わした。
役に立つことは何でも、まずやる、と言う力強い言葉をもらった。
驚くべき速さで専門誌の記事にしてくれた実績を思えば、その言葉の説得力は疑いの余地がなかった。

何度かやり取りをしていた警視庁の危険運転専門部隊の方に、城先生とコラボ企画で捜査官の前で話せないかと持ち掛けた。
感触は悪くなかったが、そういうカリキュラムは警視庁には無いと言う事だった。

少し機会を窺おうと思った。

すると昨年末に思わぬ連絡が来た。
2023年2月(つまり来月)に、私に1時間の時間を頂き、その後に城先生が実務講義を行うと言う事を実現してくれると言う。
予想より早い展開だった。

まず第一歩。

この動きをなるべく勢いを失わないうちに全国に拡散させたいと考えている。

その為に、まず第一歩が必要だった。

どの様な事を話すか?
大体、今ここに書いてある様な事を話すつもりだ。
何人が聞いてくれて、それがどの様な効果を生むのか、それは分からない。
願わくば、赤無視以外の危険運転についても知見が広まり、法の限界があればそこを改善する動きに繋がって欲しい。

私が病棟の自販機の前から恐る恐る最初に電話をかけた若手女性捜査官は、その後、警視庁に異動になっている。
危険運転部隊にいるのだ。
彼女も講義に参加する予定だと聞いている。
まさか、こう言う形での再会をお互いに予想はしていなかった。

良くも悪くも、予想していない事は起きる。

しかし、警察官に限らず、検察官も学者も政治家も、プロとして皆絶対に良い仕事がしたいはずだと言う思いが通じる相手は、この社会において確かにいる、そう私は確信している。
そして、その事を娘の魂に誓って問い続けたいと考えている。



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