僕はノーソン
以前、脊椎の中を通る脊髄を損傷してしまい、車いすが必要になった人と多く出会ったと書きました。(セキソン・ケイソンに多く出会った)
今回の話は、その記事を読んでからのほうが理解しやすいかもしれません。
チェアワーク(車いす操作テクニック)講習を受講した時の話です。
講師は車いすバスケや陸上(マラソンなど)で活躍するプロ車いすマン。
講習が終わった後に、少しお話しする機会があったのですが、その時に「お~仲間がいたぞ!」と思ったんです。
仲間?
あ~同じプロ車いすマンというのはもちろんですが…えっとですね~「僕はケイソンでもセキソンでもない」っていうのがヒントです!
?
では、彼との会話を以下に書いてみます。
「君はどこから来たの?」
「えっと~大分県です」
「何かスポーツやってんの?」
「えっと~少しマラソンを…」
「じゃ~君は何番やってんの?」
「いや~実はですね…頭の病気で手術を受けてからの機能低下ってやつです…」
「マジで?俺も似たようなもんだよ。ケイソンでもセキソンでもないから…ノーソンっていうのかな?」
「え~そうなんですか~!」
「俺は足が若干動くし座位を保てるから、家に帰ったら底にタイヤが付いた回転いすに座ることが多いんだ。君は?」
「家でも車いすです…」
「そうか…ま~お互い頑張ろうな!」
「はい!ありがとうございます」
というわけで、ノーソンと出会えたのは貴重であり、ケイソンでもセキソンでもないけどマラソン頑張れよ!と仲間から言われているようでうれしかったんです。
※(僕が取り組んでいた時期の)車いすマラソン競技界には、圧倒的にセキソンが多く、次いでケイソンや切断者がいました。
それは競技が行える障害程度が限定されていたということがあるのかもしれません。ですから、僕のような状態の人が競技をしているのは稀で、「君は何番やってんの?」と聞かれて「いや~実はですね…」という返し?は、とても珍しく感じられていたような記憶があります
いかがでしたか?
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