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人は変われるよ~


たぶん25歳前後だったころの話です。

高校生のころに受けた開頭手術や放射線治療の影響なのか?徐々に歩くことが困難になっていた僕は、「確実・安全な歩行ができるようになるため」専門施設で訓練を受けていました。

ところが、数か月経過しても一向に目標を達成することができず、挙句の果てに医師から「車いすでの生活」を勧められてしまいます

それは、当時の僕にとって残酷とも言っていいくらいの宣告ですから、しばらくは立ち直れそうにないほど落ち込んだのを覚えています。

ですが、いつまでたっても落ちこんだままではダメだと思った僕は、気持ちを切り替えて「車いす生活で社会参加するため(単身生活をしながら仕事をして車を運転する)」の訓練を受けることを決心します。

ただ…ここで一つ大きな問題が立ちはだかりました。

それは「僕のプライド」と言うのでしょうか・・・

教えてもらうことは弱音を吐くことであり、教えてと言わない姿勢こそかっこいいのだ!

知ったかぶり 聞かないよ〜

当時の僕には、プロ車いすマン(生活全般を車いすに乗ってこなせる能力がある人のこと)として生きていく術は何一つありませんし、親や身内に教えられるだけの経験がある人もいませんでしたから、ここで是が非でも他人に自ら教えてくださいと歩み寄らなければならなかったのにです!

当時の僕は、今以上に知らないことばかり…

ですから、何事も本心では教えてほしいこどかりなのに「変なプライド」が邪魔して聞くに聞けません。

教えてくれよ〜


ただ、だからといって自分の生き方を変えようとは思っていませんでした。

そんな知ったかぶりの自分を「物知りな人なんだ〜すごい!」と周りの人は羨望のまなざしで見ているに違いないと悦に浸っていたのです。

僕が健常であれば、そんな生き方でも何とかやっていけたのかもしれませんが、当時の僕がそのような生き方を続けていたら、間違いなく路頭に迷います(笑)

本心で、にわか車いすマン(生活の大半を車いすで行うようになっている状態)になりたくてなったわけではないのですが、だからといって現実を覆すことは出来ない(以前の僕には戻れない)


あいつ楽しそ〜だな!

思い悩んだ僕は「教えてほしいとお願いするよう努めた」のはもちろんですが、「教えてあげよう!」と他人から思ってもらえるような人を目指しました。それは、「感じの良い人だな・関わって(話して)みたいなと思ってもらえるような…笑顔を絶やさず明るい、相手とのコミュニケーションもしっかり出来る、その場を和ませる雰囲気のある温かい人」です。

最初の方はまさしく「役を演じていた」のかもしれませんが、オジサン(一応プロ車いすマン)になった今は自然体で接することができるようになりました。

あの時に一大決心して役者を志したこと…

自分のことですが、敬意を表したいくらいです!

みんな寄ってきたよ〜

いかがでしたか?

今回送った「僕からの手紙」が、何らかの形で、みなさんのプラスになれたら、とても光栄です!これからも、たくさん手紙を送りますので、どうか目を通してほしいです。

また、スキを押してもらったっり、コメントを書いてくれたり、フォローをしてもらえたら…僕にとって励みになりますので、どうかよろしくお願いします。

僕が書くすべての記事(手紙)は、長い時間かけて継続して書いてきた記録や、そうでなかれば得られないであろう考え方や貴重な体験を基にしています。いただいたサポートは、その評価だと捉えさせていただき、それを糧に今後も多くの記事を書いていきますので、どうかよろしくお願いします。