竹田恒泰氏の発言はどのように詭弁なのか?

前回記事「なぜ日本で一夫多妻制は実現しないのか」
の続きとなりますので、前回記事からお読みください。

「本人同士が愛し合ってるから同性婚は認めるべきだと言うなら
一夫多妻制だって認めないと理屈が通らないではないか」
という竹田氏の発言は、その理屈が通るならさらに
「父娘婚だって認めないとおかしい」などと
際限なくエスカレートさせる事が可能ですよね。

でも「同性婚は認めるべき」と主張する人の中で
「父娘婚も認めるべき」という意見に賛同する人はほとんど居ません。

これは何を意味するかというと、
「本人同士が愛し合っているかが唯一の指標で、
それにあてはまる結婚は全て認めるべきだ」という意味で
「本人同士が愛し合ってるなら同性婚は認めるべきだ」
と主張している人などほぼいない、という事です。
ただ本人同士の愛情の重要性を多少オーバーに表現しているだけなのです。

なので竹田氏の主張は、
日本にほぼ存在しない架空の論者を相手に正しい反論をして
「えっへん!」と言ってるだけなんですね。
これは「わら人形論法」という有名な詭弁です。

また竹田氏の論法が通るのなら、
今の異性限定婚にしたって
「親の承認だとかは関係なく本人同士が愛し合っていればok」
という趣旨なのですから、
竹田氏の論法と同じ理屈で今の異性限定婚が否定されてしまいます。
「本人同士が愛し合っていればokなら父娘婚もokなのか!」とかね。
戦後すぐに現憲法が出来た時は
竹田氏と同じ屁理屈を言う人が居たかもしれませんねw

結局同性婚容認論というのは
「どこまでの範囲で婚姻を認めるべきか」
という線引きの基準を変えようという話な訳ですから、
同性婚の話が出た時に限って
竹田氏がこんな事を言い出すのがおかしいんですね。

同性婚が容認されてない現状でも
「線が引かれている」事には変わりないのです。

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