ソガベさんのこと
どうでもいいことを長く書く。オチもない。
自転車で街を走っていると既視感のある人とすれ違った。ソガベさんだ。場所も時代も全く違うのでそんなわけはないのだけど、そんな気がした。これまでずっと気にしたこともない、これから関わることも絶対にないと断言できるような人であるソガベさんとその周辺のことを急に思い出した。
姿形や匂いなど、ふとした瞬間に急にそれまで記憶の倉庫の奥底の、どのあたりにあったのかよくわからないような、何十年も前のことを思い出すことが年に数回あるが、それが起こった。
が、思いだしただけで特にあのときああしておけばよかったとか、あのときの楽しかった思い出が、ということは全くない。新聞販売店で数ヶ月間会っていただけの記憶しかない。薄汚い紙の散らばる狭い部屋で、一緒にチラシを挟んだり、新聞を運んだだけの関係だ。ソガベさんについて覚えていることはただ一つ、尾崎豊が好きだということだけだ。
ソガベさんというのは30年以上前、新聞を配っていたころ、配達所で2番目に偉かった人だ。2番目に偉いと言っても働いてる社員は2人だけなのでそれほど偉いわけでもなく下からだと一番だ。一番偉いのはチムラさんだったが2人ともまだ20代だったはずだ。偉いと言っても雇われで、その上には社長やら本当に偉い新聞を配らない人がいたはずだ。
2人とも日々私たちアルバイトと同じように早朝起きて眠い中朝刊にチラシセットを挟み、それを配り、夕方には夕刊を配り、配り終わると次の日に挟むチラシセットを作り、合間に集金する。社員なのでたまに勧誘もする、そんな特に代わり映えのしない日常を送っていた。
たぶんぼくがいなくなってからもしばらくはその暮らしが続いていたのだと思うが、地図サイトでかつて新聞販売所があった場所を見てみたら、すでに消え去っていた。戦前なのか戦後すぐなのかに建てられたようや古い長屋やアパートが立ち並ぶところだったのだけど、今は近所にオシャレカフェなんかができており、自分やコウくんやアルバイトやたまに集配所に来ていた拡張専業員の怪しい人たちが住んでいた天井の低く鍵が南京錠だった木造3階建てアパートも消え去っていた。
コウ君は住んでいたアパートが同じだったので社員の2人よりも話す機会が多かったが、いわゆるオタクで、基本的にゲームの話しかしなかった。日々仕事の合間にゲームセンターに通い、格闘ゲームに稼いだ金をつぎ込んで、何の荷物があるのか知らないが、荷物置き場としてアパートの隣の部屋も借りていた。そのアパートもないのでさすがにそこにはもう住んでないはずだが、まだ生きているのだろうか。
ソガベさんの特徴的だったのはそのフォルムだ。一言でいうと正方形だった。背が低くて、肩幅が広く、体重が重かったため、肩のラインと太もものラインが同じでまっすぐ伸びており、正方形だった。さすがに立方体と言うには奥行きが足りなかった気がする。
昔K-1にバタービーンという背が低く丸いボクサーが出ていたのだが、彼には脂肪が乗っており肩の筋肉もそれほどではなく方形というよりは球形だった。ソガベさんはもっと肩のラインが水平で直角だった。自転車で日々新聞を配る以外は特に身体を鍛えていたわけでもないようなのでそのいかり肩は天性のものであるに違いないのだが、別にその無駄に横幅のある体型に憧れることもなかった。
アメフトとかやっている人なんかには似たような人がいそうだが、自分の知ってる限り、アメフトをやっている人は背が高く長方形で、背が低い人は俊敏な動きが求められる役割だったからか、わりと楕円形だった。ガードを着ているからそう思い込んでいるだけかもしれないが。
中身についてはわからない。形があまりにも強烈な印象で記憶に残っているため、彼の話したことについての記憶が消えているのかもしれない。
他に似たような形の人をこれまであまり見たことない体型だったのだが、今日見た人はソガベさんのような正方形で、素晴らしいなと思った。写真でも撮りたかったが、この御時世では問題になるかもしれないし、そっと見守るだけにした。服とか大変だろうなと思った。
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