戸籍謄本を取ってルーツをたどる話(その3)

これまで

ステップ3 祖母の婚姻前の除籍謄本を取得する(勝田郡飯岡村)

両親の父系情報は手に入ったので、次は両親の祖母の家系について調べる。

父方の祖母とは祖父母の中では一番関係が深く、彼女が亡くなる半年ほど前まで年に一度くらいは会っていたのだが、鉱山が大変だった話ばかりで彼女自身についての話を聞いたことはほぼなかった。

祖母の親戚と思われる人数人とは祖母の葬儀で最初で最後の邂逅があったのだが、そのときも孫のようにチヤホヤされたのと、関係者が存命の間は絶対にインターネットに残してはいけない思い出話をされただけで、誰がどのような関係なのかは聞けずじまいだった。

それはさておき、戸籍によると祖母の結婚前の本籍は勝田郡飯岡村吉ヶ原ということろだ。吉ヶ原は祖母の家のわりと近所なのにどうして違う郡?と思って調べると、案の定今は美咲町だった。ちなみに飯岡は「ゆうか」と読む。関係ないが片上鉄道では周匝、飯岡と難読駅が続いていた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/飯岡村_(岡山県)

再びスタートと同じ美咲町に請求を行うとすんなり届いた。中身は4通。高祖父が戸主のものが1通と曾祖父の兄が戸主のものが1通、曾祖父が戸主のものが1通(いずれも明治19年式)、曾祖母が戸主のものが1通(昭和23年式)。

戸籍に記載のある名前はだいたい曾祖父の兄の子供たちで、関係は薄い。もちろんこれを見るまで存在を全く知らない人たちだ。

戸籍謄本から得た母方祖母一家に関する情報

記載されていることに対してもあまり興味がわかないが以下のようなことがわかった。親戚以外が興味を持つような情報はないと思う。

  • 祖母は6人兄姉の一番下で5女。三女、四女は早世しており、二女は葬式時点で生きていれば95歳なのでさすがに違うはず。葬式でコンプライアンス的に無理な話をしてたのはいったい誰だったのか。

  • 高祖父夛四郎は天保6年(1835)生まれ。

  • 曾祖父の卯次郎は高祖父の二男で元治元年(1864)生まれ。まさか曾祖父で明治以前の生まれだとは。

  • 卯は正式には異体字でフォントには存在していなかった(卯と記載されているところも1箇所だけあった)。


フォントが存在しない
  • 曾祖父は近所の同姓の誰かに一度養子に出されて離縁されて戻ってきている。その後分家。

  • 変体仮名?で読めない人がいた


読めない
  • 曾祖父の弟一家については戸籍のあるあたりに現在も居住している模様。電話帳データに名前と住所が確認できた。

ステップ4 母方の祖母一族の戸籍を取得する(曽於郡大崎町)

次に母方の祖母の除籍謄本を取得する。祖母の戸籍も祖父と同じ曽於郡大崎町であったので、ステップ2-2で請求した通りに請求を行うと、数日後に電話がかかってきて、祖母の母方についても同じところで戸籍が取れるとのことなので、同時に送ってもらうことにする。

数日待つと祖母の父方が2通(明治19年式と大正4年式戸籍)、祖母の母方が1通(明治19年式戸籍)、計3通送られてくる。

相変わらず関係あるようなないような祖母一族の情報が詰まっているうえに、かすれている箇所も消されているところも多く非常に読みづらい。大正4年式の新しい戸籍ですらいくつか消された跡がある。不穏だ。

戸籍謄本から得た母方祖母一家の情報

母方の祖母が元気だった時期は自分がまだ子供だったこともあり、直接の記憶がほぼない。もちろん知っている情報はほぼなく、母や伯母が話していたことは5つ子ちゃんが親戚だ、ということくらい。なのでここに書く戸籍から得られた情報についてはもちろん初めて知った情報になる。

  • 高祖父は弘化4年(1847)生まれ。有馬壮十郎という人の二男で、養子に入ったらしい。

  • 高祖父の奥さんは嘉永4年生まれ。高祖父の義兄の長女と書かれている。子供の娘婿に養子を取って家督を継がせたということになるのか。

  • 有馬壮十郎という人についてちょっと検索すると、それっぽい人が出てきた。本当にその人だったら母の親戚一同が新政府の警察と関係が深いのもさもありなんだなあと思う。

  • 曾祖父の弟ならびにステップ2-1で書いた六麓荘に住んでた人も有馬家の人と婚姻しているので有馬家とは関係が深い模様

  • 曾祖父は明治7年生まれ。離婚歴あり。それとは別に曾祖母とも1度離婚して復縁している。

  • 曾祖父は大崎村長だったらしい。

  • 曾祖父の前妻の名前は消されてて判読できないが、曾祖父と同姓の近所の人。

  • 祖母は二女。前妻との間に腹違いの姉がいる。

  • 祖母の男兄弟は2人だがどちらも死亡している。長男の死亡理由のあたりが消されてて非常に不穏。家督は残された祖母の妹が相続しているが、その後は曾祖父の弟一家が継いでるのか、このまま断絶したのかは今ある情報だけでは不明。

  • 曾祖母の弟一家については戸籍のあるあたりに2000年頃まで居住していた模様。電話帳データに名前と住所が確認できた。

  • 子供の頃から聞かされていた五つ子ちゃんの親戚という話は戸籍だけではわからなかった。

  • ちなみに高祖父、曾祖父ならびに、親戚1人は5つ子ちゃんの父親と一字違いの名前。

  • そもそも5つ子ちゃんの親戚の情報がネットにない。

戸籍謄本から得た母方祖母の母方についての情報

  • 曾祖母は明治8年生まれ。有田姓。もちろん初めて知った。

  • 曾祖母の妹の嫁ぎ先は祖母の嫁ぎ先(祖父の家)と近所の祖父と同姓の人。同じような苗字ばかり。

かかったお金

  • 父方祖母の戸籍

3000円

  • 母方祖母の戸籍

2250円

その3のまとめ

  • 両方の祖母の父系を戸籍がある限りたどった

  • 母方の祖母に関しては母系に関しても情報を取得できた

  • かかったお金は5250円と郵送料

  • 同じような苗字ばかりなのはなぜなのか

残るは曾祖母に関する情報で打ち止めだと思われる。自分が関係ある中ではあと1人、自分が生まれたときにはまだ祖母の家にいたらしい曾祖母の情報が取得できていないのでここに関しては取得できるはずだ。

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