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遠い記憶

真の闇と極低温のなか、揺らぐことなく、最初に放たれた方向を保ちながら、旅してきた。この星の重力に誘われるまで、長い長いあいだ、何一つ経験もせず、ただひたすらに。
誰とも逢うことなく、ただ孤を、沈黙をまもりながら、旅を続けることが使命だった。それはとても心地よくもあった。何者にも影響されず、己の世界が、世界の全てであり、世界の全てとは自分自身であった。宇宙は僕の中で始まり、僕の中で完結する。悲しみも怖れもなく、時間の経過さえ感じない。孤であるとは、原初の望みであり、本来的な欲求であり、そのことが安楽をもたらす根源だった。
何人にも邪魔されない、未来永劫何も変化しない永遠の静寂こそ、真の理想、だった。


ところが。


地球の質量に引き寄せられ、大気との摩擦に燃え残った欠片の一部として、この星に降り立ったとき、もうひとりの自分が目を覚ましたことに気付くのだった。温度とひかりを感じ、物事は時間の経過とともに変化することを初めて感じた。
有限を感じ、何故だか為すべきことは仲間を増やすことと悟った。自己を複製する術を覚え、増殖した。複製された自己はもはや僕ではない何かであることに気付き、他者を意識することで、自分という存在に気付いた。
僕ではない他者との間を隔てるその障壁を壊し、密接したくなる。その膜やその壁を溶かし混ざり合いたいという欲が芽生える。そしていつか破壊と密着の欲が満たされると、それだけでは飽き足らず、他者を優しく大切に扱うことが、より自己を満たすことに、それもまた使命であることに気付いた。
かつては己であった他者と、もう一度思いを通わせひとつになろうとすることは、もはや叶わぬこととはいえ、ごく自然な成り行きでもあった。
それは孤と静寂を愛したあの頃とはまた別の喜びだった。


ひとりになりたいときもあるし、どうしようもなく誰かが欲しいときもある。自分のきまぐれを遠い記憶のせいにするのは、随分都合のよい話ではあるが。





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