見出し画像

『バッハに思うこと~2024年版』渡邉辰紀

※※※※※※※※※※※※※
2024年5月24日(金)にかつしかシンフォニーヒルズで開催する音楽会、
「J.S.バッハと共に」~渡邉辰紀チェロ独奏~への、奏者自身による寄稿文です。転載転用は固くお断り致します◎youkouconcert.ltd.,
※※※※※※※※※※※※※

前回の公演「J.S.バッハと共に Vol.1」で、「何故バッハは『無伴奏』の曲を書いたのだろう」という自分への問いに対し、「『究極の自由を求めて』ではないだろうか」という答えをとりあえず出しました。
そこで今回は、「自由」とは?ということを考察していこうと思うのですが、「自由」と「でたらめ」は何が違うのでしょうか。
両者が違うということは誰しも何となく思うところだとは思いますが、では何が違うのかと問われると、答えに窮してしまう方も多いのではないでしょうか。
今後また新たな考えに至るかもしれませんが、私が現在たどり着いた結論としては、そこに「秩序」があるか無いかということではないかと思うのです。
惑星が自由な軌道で回ってはいますが、そこには確固たる秩序があるようなものですね。
バッハの音楽は一見相反するような「自由」と「秩序」が見事に調和していると感じます。

バッハは「無伴奏チェロ組曲」を第1番〜第6番まで計6曲書いています。
「組曲」とは、西洋音楽の器楽曲の形式で同じ調性による数楽章(多くは舞曲)からなる器楽曲のことで、一般にはアルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグの4種の舞曲で組まれます。このチェロ組曲の場合は、それに加えてすべての組曲がプレリュード(前奏曲)から始まり、サラバンドとジーグの間に第1,2番ではメヌエット、第3,4番ではブーレ、第5,6番ではガヴォットという舞曲が入ります。
本日演奏するのは第4,5,6番ですが、前回の1,2,3番に比べるとさらに芸術性が深まっていると同時に、技術的にも格段に難しくなっています。
第1〜3番は解放弦(左手で押さえない状態の弦)がふんだんに出てきます。特に主和音(ド・ミ・ソ)に解放弦があると楽器が良く鳴って非常に弾きやすいのですが、第4番には解放弦がほとんど出てきません。
それはEs-dur(変ホ長調)という調性ゆえなのですが、これが例えばハ長調で書かれていれば一発目のバス(低音)を思いっきり解放弦で弾くことができ、その後もすごく楽に弾くことができます。
バッハがそのことを知らないはずはないのですが、ではなぜ変ホ長調などというチェロではあまり弾きやすいとは言えないような調性でわざわざ書いたのでしょうか。

私はこの6曲の組曲を、人生に準えてイメージしています。
 第1番-純粋で恐れを知らないローティーン
 第2番-青春の悩み多きハイティーン
 第3番-脂ののった壮年期
 そして第4番はちょうど私くらい。
私事で恐縮ですが先日私は還暦を迎えました。
普通に行けばあと20年そこそこかなーなんて、今のところ健康には特に問題はないのですが、そろそろ死を意識しはじめるころですね。
このようにあえて弾きにくい、あるいは鳴りにくい調性にすることによって、死への一抹の不安を表現したかったのではないかと勝手にイメージしています。

第5番はいよいよ死に直面することへの苦悩でしょうか。この曲はスコルダトゥーラ(特殊調弦)が用いられています。
通常チェロのチューニングは上からラ・レ・ソ・ドですが、この曲ではラの弦をソの音に下げるのです。そうすることによってしか弾けない和音がいくつか出てきますし、解放弦が多くなる分、多少弾きやすくなるのです(身体的には弾きやすくなりますが脳的には混乱をきたして弾きにくくなります(^-^;)。
私は半世紀以上チェロを弾いてきましたが、低音二本の弦を下げたりする曲は数曲弾いたことがありますが高音の弦を下げる曲はこの曲しか知りません。そういう意味ではかなりレアな作品です。

第6番のイメージを、私は以前はベートーヴェンの第九交響曲のように苦悩を乗り越えた後に得られる歓喜ではないかと思っていたのですが、最近はもしかしたら、第5番で死を迎え第6番は死後の世界からの歓迎ではないかと考えるようになりました。
実は第6番は本来の四本弦のチェロのためではなく「五本弦の楽器」のために書かれているのです。
(多くのチェリストは四本弦のチェロで弾きますが)
「五本弦の楽器」と書きましたが、そう、この曲はチェロのために書かれたのではない可能性も捨てきれないのです。
普通のチェロより少し小さめの「ヴィオロンチェロピッコロ」のためではないか?とか、もっと小さい「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」というストラップで首から下げて弾く楽器のためではないか?とか、「ヴィオラ・ポンポーザ」というバッハ自身が考案した楽器のためのものではないか?とか、学者さん達の間で侃侃諤諤議論されていますが、未だ真偽のほどは明らかになっておりません。
第1番から第5番までを四本弦のチェロのために作曲したのに、第6番になると五弦になるということは・・・
次元が変わりステージが上がる、つまりあの世?
そう、とても天国っぽく感じるのは私だけでしょうか?
まだ行ったことがないので「っぽく」としか言えないのですが(^-^;

組曲の中の曲を簡単に説明いたしますと

プレリュード
前奏曲 「今からこの調の組曲が演奏されますよ♪」という、特に形式の無い言わば「前菜」のような曲。
「前菜」と書きましたが、バッハの組曲の場合プレリュードが一番ボリュームがあって内容も充実して、各組曲の顔のような存在になっています。

アルマンド
「ドイツ風」の意味を持つが起源は不詳。
一応舞曲ということではあるがその機能は早くから失われている。

クーラント
フランス起源の舞曲。
「流れるような」という意味があり3拍子の曲ではありますが、あまり「1. 2. 3.」という拍子感が明確ではなく文字通り「流れるような」曲。

サラバンド
おそらく中南米起源と言われている。
国や時代によりテンポ等が大きく異なるようだが、現在ではサラバンドといえばゆったりとして荘重な3拍子の曲として演奏される。

ブーレ
フランス、オーベルニュ地方起源の、軽快で陽気な2拍子の舞曲。

ガヴォット
フランス、ガヴォ地方に由来する2拍子、または4拍子の舞曲でブーレより幾分優雅。

ジーグ
イギリス、アイルランド起源の6/8、9/8、 または12/8拍子の軽快な舞曲。
バッハの組曲の中には3/8拍子のものも見られる(2番、3番、5番)。

本日はお忙しい中多くのお客様にご来場賜り、誠にありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
バッハの音楽に携わる歓びを皆様と共有できますことを願いつつ演奏する所存でございます。

2024年5月24日
渡邉 辰紀

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?