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探偵撲滅は実に惜しい作品だ(ネタバレ有り)

頭を使いたい気分だなー。でも、ミステリーは最近結構読んでいるから、趣向を変えてゲームでミステリーアドベンチャーないかなー…と探していて出会ったのが以下のオープニングである。

このオープニングは期待できる…!ということで早速購入してクリアしてきた。本稿ではネタバレありでレビューする。

重要なことなのでもう一度。ネタバレありでレビューする。

ネタバレ防止用クッションを挟んでおく

日本一の名を冠するだけのことはある

設定は私のもろ好みである。
登場人物全員が探偵で、世間を震撼させるような連続殺人犯と戦うというのはシンプルだが胸が高鳴る。キャラクターの名前をいちいち覚える必要がないのは助かるし、キャラ付けも兼ねていて上手い工夫だと思う。

理想探偵が語る探偵像も最高だ。探偵は悲劇の後に必要とされる存在だと彼女は断じている。単なる想像だが、これは名探偵コナンの作中で怪盗キッドの発言「怪盗は創造的な芸術家だが、探偵はその跡を見て難癖付ける批評家」を意識して書いているのではないか?事件が起きてからしか動けない探偵は所詮は観測者にすぎず、犯人が持つような美学は無いというわけだ。
だが理想探偵は前述の探偵像に加えてこう付け加える。「悲劇など私たちの手で覆してやろうじゃないか」と。悲劇を覆すことを掲げて行動するなんて探偵の鑑だ。謎を解くことに執着する人格破綻者に聞かせてやりたいセリフだね。

WaldryanoによるPixabayからの画像

ちなみに理想探偵が看板を張るヒロインなわけだが、主人公と同い年くらいには見えないように思う。無能探偵が高校生であるので、齢が近いと描写される理想探偵も未成年と考えられるが、イラストだけだと美少女というよりも美女のように見える(もちろん服装の影響もあるが)。
理想探偵はヒロインでもあるが、主人公を導く師匠役でもある。この配役は作品を面白くしている。ミステリー作品の主人公はたぐいまれなる推理力を持たないケースが多い。主人公の思考にプレイヤーが付いていけなくなってしまうからだ。そこでヒロインという主人公に一番近い存在を理想像として用意して主人公の目標に据え置くのはプレイヤー視点で遊びやすいし、配役を削減する役割も果たしている。

話は逸れるが、おそらくシナリオライターは金田一少年の事件簿も意識している。社畜探偵が無能探偵に「カルネアデスの舟板」の話を問いかけた時に、即座に「二人とも助かる方法を探すなんて言うのは無しだ」と言い放つ。これは「金田一少年の事件簿 悲恋湖伝説殺人事件」ではじめが美雪に対して語るセリフまんまだ。やはり推理物の有名作品として意識して作ったのだろうか?

Emerson AlbuquerqueによるPixabayからの画像

ゲーム性の部分もいい。シミュレーションRPG(SPRG)がゲームの根幹になっており、操作パートでは探偵たちを適材適所に動かして証拠品を収集・分析する。詰将棋のようなパズルチックの楽しさがあって、他の推理ゲームとは異なる楽しさを提示している。本システムを採用した別のミステリー作品を遊びたいとさえ思えた。小言を言うのであれば、後半になるほどゲームが簡単になるのと、透明なSPXへの対処がほぼ周回前提なのはいただけない。後者に関して、私は索敵範囲が広いキャラクターと移動距離が長いキャラクターを組ませて攻略できないかと試行錯誤を重ねたが、結局一度すみっこに全キャラクターを集めて十分にSPXを引き寄せたのち、全体移動を駆使して最後のミステリーポイントを攻略する方針を取らざるを得なかった。

制作者も把握していると思うから恐れずにタイトルを上げるが、ダンガンロンパを対抗馬として意識して本作を作ったのだろう。八つ裂き公は真犯人を彷彿とさせるし(もちろん名前の元ネタは切り裂きジャックだが)、SPXはモノクマを連想させる。あえて似せたのかまでは分からないが、少なくとも知ったうえでシナリオは作られていると考えている。

SRPG部分はダンガンロンパの学級裁判とは異なる楽しみを持っている。制作陣はゲーム性で既存作品との差別化を図ろうしたと想像され、私が思うにその試みは成功している。本作とダンガンロンパの楽しみは全く別物だ。

重要なことだが、多くの人は本作を高く評価している。日本一ソフトウェアの商品は値段以外は良いと揶揄されがちだが、本作は値段を含めても良作だというレビューが多い。証拠品集めのSRPGパートが楽しいからであるし、ストーリーが面白いからだし、オチが奇麗に締めくくられているからだ。

Enrique MeseguerによるPixabayからの画像

脳髄を満たすには足りていないのが残念

今までの記述とは一転して手の平を返すようだが、私は本作を評価していない。作中にちりばめられた要素単位では好きだが、企画とシナリオが要素を束ねる段階で失敗している。

確かにSRPG部分はよくできているし、パズルチックな面白さに満ち溢れていた。だがSRPGに尽力した結果として証拠品集めがゲーム性の根幹をなしており、推理ゲームではなくなっている。おそらく自覚したうえで推理要素を省いているのだろう。証拠品を集めてリザルト画面に進んでしまえばプレイヤーは証拠品を見る事さえかなわないからだ。
SPRGによる証拠品集めでゲーム的な面白さを獲得した反面、プレイヤーが推理する要素を根こそぎ削り取ってしまったので、本作は「SPRG要素のあるノベルゲーム」になっている。これはこれで面白いと言われればそうであり、事実多くのプレイヤーは本作を支持しているのだが、探偵vs犯罪者を主軸に描く作品で推理要素に乏しいというのは問題があると私は考える。これは企画段階の失敗だ。
キャッチフレーズとして「この事件は探偵(ボク)一人では解き明かせない」というのを掲げているのに、推理シーンでは無能探偵が一人で謎を解き明かしてしまう。読者だけでなく、同僚の探偵たちも推理に関与しない。キャッチフレーズと作品コンセプトのミスマッチが発生していると言えるだろう。

Karolina GrabowskaによるPixabayからの画像

企画段階で私が失敗だと考えている点は他にも存在する。クローズドサークルで行われるデスゲームはいい加減食傷気味だということだ。
前述のダンガンロンパはもちろん、レイジングループのような作品もデスゲーム物として名を馳せている。デスゲームを題材とした(お世辞にも傑作とは言えない)漫画も多く出版された。

本作はデスゲームではないが、八つ裂き公が探偵一行の中に潜んでいるとは常に示唆されており、殺人事件の犯人は味方と思い込んでいた探偵たちの中にいる。何者かによって無理やり殺人を誘発させられているわけではないのだが、キャラクターが徐々に減っていく様だけを見るとデスゲームと同じ構図である。

デスゲームのような展開が面白さに貢献しているかと言われると怪しい。後述するが他の展開でも十分面白く、そして目新しい展開になったのではないかと私は考えている。デスゲーム風というだけで、数多くの良質ではない作品たちが脳裏をよぎって作品の評価を悪化させる。これは本作に内在する問題ではない。だが、デスゲームという1ジャンルの既存作品に埋もれないだけの工夫をデスゲーム周りに施した作品にはなっていないと私は思う。ダンガンロンパであれば「おしおき」でショッキングさを追加し、レイジングループであれば「人狼ゲーム+ループもの」で周回ごとに展開の異なるデスゲーム体験をユーザーに提供した。本作では今一歩デスゲームとして突き抜けていない。デスゲーム物はもうしばらく要らないと思っている私だからこそ、本作の評価は辛くなった。

KanenoriによるPixabayからの画像

シナリオに工夫は足りているか?

他の方々のレビューも拝見した。指摘されているのは、SPXのようなSF要素や幽霊のようなファンタジー要素を受け入れられるかで評価が分かれるのではないかといった点や、SRPG 部分で視点を回転できないためキャラクターが密集していと位置関係が分かりにくいといった点だ。指摘には同意するが、私は問題の根幹ではないと考えている。

もっとシナリオに力を注ぐべきではないか?

PexelsによるPixabayからの画像

作中では緊張感が欠けている。八つ裂き公が探偵たちの中にいる可能性があり、続々と仲間が離脱しているにもかかわらず、キャラクターたちは能天気だ。あくまでも想像だが制作過程のレビューでも指摘された事項だろう。だから作中で「彼らはあえて平静を装ったふるまいをしているが、内心では苦悩や緊張がある」といったフォローが序盤でされているのではないか?もちろん四六時中キャラクターが緊張していたらプレイヤーも苦しくなってしまうので弛緩した空気を維持するのも仕方がないのだが、生死がかかった状況とキャラクターの行動にギャップを感じる。同様に、主人公の過去話を出し惜しみ過ぎているように思う。これも作中でフォローがされていて、理想探偵は無能探偵の気持ちを慮って黙っていたと語られるが、作劇上の都合とも捉えられる。

作中の3章くらいから4章終了までは作品から気持ちが離れた。第1章ではキャラクターがバンバン登場して期待度が高まり、ゲームシステムを理解しようと頭をひねったが、肝心のシナリオが十分な楽しさを供給できていないように思う。トリックは推理ゲームとしては十分だが、プレイヤーがアッと驚くレベルかと言われると怪しいのではないか。事件の名称(「透明人間殺人事件」「矛盾階層殺人事件」等)はキャッチーだが、事件の真相はさほど魅力的でない。前述の推理要素が薄いという感想ともリンクしている。

これはシナリオの失敗である。「探偵vs八つ裂き公」のドラマを描き切れていない。各章のクオリティも、それらをまとめ上げて最終章で一番盛り上がる展開にすることもできていないと私は感じる。

octavio lopez galindoによるPixabayからの画像

個人的印象になるが、シナリオライターの方はキャラクターへの愛着を捨てきれていないように思う。犯人が完全なる悪として描かれているわけではないのがその証拠だ。渋谷探偵は自身にメリットがないにもかかわらず無能探偵に優しく接する。社畜探偵にもやむにやまれぬ理由があって犯行を行ったとされている。八つ裂き公の主張は完全なる悪というよりも価値観の相違に由来するものだ。主人公は八つ裂き公の価値観を否定しただけであって、八つ裂き公を憎んでいるわけではない。(ちなみに最終場面で語られる探偵論みたいなのは私(プレイヤー)にとっては他人事であり、キャラクター同士の舌戦を見せられて気持ちが離れた)

誤解しないでいただきたいのは、仮にシナリオライターがキャラクターへの愛着を捨てきれないとしても、それは作品にとってマイナスに働くとは限らないということだ。今作ではそういう特徴があるように思うというだけで、作品へのマイナス評価につながっているわけではない。

PexelsによるPixabayからの画像

企画書段階のコンセプトも読んでみたい

日本一ソフトウェアは巨大な企業ではない。従業員数は連結で200人程度だし、シナリオは一人で考えているようだ。キャラクターデザインも若い方が担当されている。エンディングのスタッフロールも見る限り、プログラムを5人で書いているようだ。デバッグ担当は4人。この人数でこれだけの作品を作っているのはどれだけ大変なのだろうと思う。予算制約も厳しかったのではないか?もう少しムービーを挿入した方が最後に黒いSPXから逃げるシーンは迫力があっただろうに、あえてしなかったのは予算の都合ではないかと思う。

故意に強い言葉を使うが、諸般の事情を考慮しても私は本作を諸手を挙げて良作とは言わない。面白くなる要素があったのに名作になり切れなかった作品だと私は思う。

本作の企画書を読んでみたいとも思う。恐らくだが「探偵vs八つ裂き公」「主人公が他の探偵と結託して証拠品を収集して推理を進める」「SPRG要素を組み込んだ証拠品集め」「登場人物全員探偵」「ヒロインは死後に幽霊として主人公の補佐を務める」といった用語が並んでいたのでないだろうか?上層部からgoサインが出たということは企画書段階で面白さを定義づけできていたのだと推察できる。企画書で提示した面白さが完成品にどのように反映されたのかを見てみたい(これは単なる好奇心である)。

じゃあどうしてほしかったのか?

仮に探偵撲滅2があるとしてどういう展開だと嬉しいのかについて述べる。私は、探偵同盟 VS 犯罪者集団の集団頭脳戦が見たい。舞台はクローズドサークルではなくオープンな世界がいい。事件が発生すると見込まれる場所に探偵同盟のメンバーが派遣されて悲劇を未然に防ぐべく奮闘するという展開がいい。もちろん似通った前例はあるので(例えば「トゥルー・コーリング」)二番煎じには違いない。が、団結して犯罪者集団に立ち向かうというのはミステリーアドベンチャーゲームとしては新しくて面白い要素ではないか?キャㇻクターへの愛着も湧くし、(完全に私の妄想だが)ライターの趣味にもあっているのではないか?

チャプターごとに舞台を変えつつ、異なる探偵とチームで事件解決に乗り出すストーリーをイメージしている。この展開は初期「D.Gray-man」や初期「鬼滅の刃」のようだ。キャラが徐々に減っていくという緊迫感はなくなるが、探偵同盟の団結を描けるのがメリットだ。多くの作品で探偵は孤高の存在として描かれている(事件の謎を解決する役は一人にいれば十分だから)が、せっかくの推理ゲームなのだから、複数の探偵が結託して鮮やかに悲劇を阻止する話を見たい。探偵同盟で行動する意義もあるし、キャッチコピーに沿った話にできるのではないか?

Peter HによるPixabayからの画像

総括というか世迷い事

惜しい作品だと思う。私が好きな部分も多い。だが、本当に欲しかった部分が欠如した作品なのだ。スタッフ一同は間違いなく最善を尽くしたのだろうが、私の好みとは違う方向性に進んでしまった。

仕事を舐めるなと言われそうだが、仮に体が二つあったらもう片方は次回作の制作に加えてほしいと思うほど作品コンセプトは気に入っている。どう考えてもゲーム制作なんて激務なので私にできるわけはないのだが、それでも人生が二度あるのならシナリオライターになってみたかったとも夢想する。英語版も出るようだし、いい形で次回作が出てくれないだろうか。

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