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2022/07/13 妖精になった

目が覚めると、妖精になっていた。制約が多くて困る。

昨日まで僕のことを名前で呼んでいた人が、急に僕のことを妖精と呼ぶようになった。妖精とか、妖精くんとか、妖精さんとか。もちろん妖精というのは属性というか種族というかそういう名称であって、僕の名前ではない。そういう一つ一つが、小さなストレスになる。そもそも、妖精というのは生物学上は人間とほとんど区別できないらしい。肩のあたりで羽を支える骨(なんちゃら骨、忘れた)が発達しているかどうか、それぐらいの違いらしい。けれど、人は妖精のことを妖精としか呼ばない。僕はもはや対等に人間社会を生きる人間とは認められていないのだと思う。人種だとか種族だとか、どうして人はやたらと区別したがるんだろう。自分と違うものを違うものとしてまとめる。と言いながら僕も人間のことを人間と呼んでいるのは、既に僕が妖精としての生を受け入れ始めているからなんだろうか。ニュースでは宗教が大きな問題になっているらしい。宗教をやっている人も、信者という名前で呼ばれていて、個人の名前では呼ばれていなかった。

妖精は自由でいいよね、とか言われるけれど、とんでもない。もうとんでもない。そもそもファンタジーで都合よく描かれる妖精はなんだ。あれはなんなんだ。あんなものは妖精ではない。いや、ああいう妖精もいるんだろうか。人間との接触が禁止されているから、人間が知らないだけなんだろうか。しかしとんだ風評被害だ。大体が、昨日まで下腹の出た人間だったものに多少の羽が生えたところで、飛べるわけがない。羽を作るのに膨大なエネルギーを消費したのか、ただただ体調が悪い。喉が痛くて、頭が痛くて、体がだるい。けれど、結局それも人間に直接会って説明できないので信じてもらえないんだろう。

人と会うなと言われた。会ったら高い確率でその人も妖精になるらしい。これまでなんとなくいけないことなんだとは認識していたけれど、確かに自分が妖精になってみると、これは自分で食い止めねばならないという気持ちが強くなる。僕ぐらい、ちょっと小さい羽が生えただけでもこれだけしんどいのだから、本格的に妖精になった人の苦痛は相当なものだろう。羽が大きくなり過ぎた人は、飛ばないでいる方がしんどくなって、耐え切れずに飛び立ち、体力が尽きるまで飛んでから落下して死ぬらしい。恐ろしいと思う。僕ぐらいのちっぽけな羽では、空を飛ぶなんてのも馬鹿馬鹿しく聞こえるけれど、実際にそういうことが世界中で起こったのだと思うと、やっぱりとんでもないことだ。

一週間も経てば自然と羽が抜け落ちて人間に戻るらしい。本当だろうか。肩のなんちゃら骨はかなり出っ張っていて、痛い。今日は早く寝る。


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