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【漫画原作】「スポットライトと核兵器」第4話

あの日、近藤と契約した日から、古びたマンションの1階部分ある3LDK。
それが玲の新しい家になった。

ダイニングデーブルらしき場所には物が積み上げられ、わずかな隙間を広げて各自食事をとっている。

「今日からお世話になります。山川玲と申します。」

夕飯時にみんなが集まっているからとウィルに寮を案内され、玲はとりあえず頭を下げた。十数人はいるだろうか。皆、玲と同年代ぐらいである。中には中学生ながらも親元を離れてここで暮らしている子もいるようだ。

皆、それぞれ自分のことに忙しいようで、物凄い勢いで飯を口に入れる者もいれば、ヘッドホンで音楽を聴くもの、ダンスの練習をする者がいる。
頭を下げたものの大した反応もなく、玲は居処なさげに荷物を握り締めた。

「部屋はこっち。」

これが普通だと言わんばかりに、ウィルはその場を後にする。着いていった先には2段ベットが3つほど押し込められていた。各自のベッドには服や物が広げられており、床には物が散らばっている。

(なかなかだな・・・・。)

寝床にはこだわりの無い玲も思わず苦笑いを浮かべた。男子柔道部の部室という感じだ。
ウィルは部屋の奥にある2段ベットの下で寝転んでいる少年に声をかける。

「翔太。上、空いてるよな。」
「空いてると思います。多分。」
「今日から、こいつが使うから。」
「あ、山川玲です。よろしくお願いします。」
「よろしく。」

(子どもだ・・・・。)
眠たそうに頷く翔太に玲は曖昧に会釈をした。13、14歳ぐらいだろうか。
実年齢よりもかなり幼く見えるのは、垢抜けないTシャツと短パンのせいかもしれないが。

「じゃ。私は行くから。まぁ頑張って。」
「ありがとうございます!」

ウィルを見送り、今日からの寝床に荷物を引き上げながら、玲は部屋を見渡した。
(正直、マジで汚い。けどー)
思わず、昨日までの日々が脳裏に蘇る。ネットカフェを転々としながら生活していた日々を。
(今日からここで寝起きしていいんだ・・・・!)
込み上げる喜びと安心感に玲は思わず大の字になって寝転がった。

「お。そこもまた人が入ったんか。」

また新しい声が聞こえ、玲は慌てて下を覗き、そして目を見開いた。腰にタオルを巻いただけの男が牛乳を片手にこちらを見つめている。

「おー。なんかクール系な感じか?ごめんなぁ。こんな格好で。」

玲が呆気に取られて言葉が出ないでいると、腰巻き男は快活な関西弁で言葉を続けた。

「俺、将司。19歳。よろしくなぁ」
「・・・お願いします。」

ちんまりした返事を聞いて、将司は「翔太と同じでシャイボーイやなぁ」と笑った。

*****************************

バイト終わりの更衣室。夕食に賄いのピザを食べるのが、最近の玲と将司の日課だった。
「マジで将司さんと初めて会った時は、ヤバい人だと思いましたよ。」
「そうか?」
「初対面でほぼ裸だったじゃないですか。」
「なかなかええ体やったやろ。」

将司はニヤリと胸を叩く。2ヶ月前から変わらないこの調子に、玲も慣れ始めた。
否定も肯定もせずに、ピザに齧り付く。

将司は玲の2歳上で18歳。寮では比較的年上組に属するためか、長男の性分なのか、かなり面倒見が良いお兄さんだった。
同じ部屋で寝起きしている玲のことも気にかけてくれ、金銭的に余裕が無いことを知ると自分のアルバイトを紹介してくれた。

『ここやったら、シストも融通きくし。賄いは食べ放題で食費も浮くから、ええで。』

初め、急な距離の詰め方に玲は戸惑っていたが、その気遣いにこの2ヶ月かなり助けられてきた。

「山川くん。」
「はい。」
店長が更衣室に入ってくる。私服に着替えていた玲は振りかった。

「来月、もうちょっとシフト入るの難しいかな?」
「あ・・・・。すいません。8月はちょっと、忙しくて。」

申し訳なさそうに頭を下げると、気のいい店長は悲しげに頷いて部屋を出ていった。

「バイト減らすん?」
「うん。」

帰り道、心配そうに聞いてきた将司に、玲は顔を上げずに頷いた。

「そうか。俺も頑張らないとな。」
その様子を見て、将司はいつものように明るく返事をした。

寮にいることで家賃や光熱費の心配はひとまずないが、会社が生活費まで面倒を見てくれるわけがない。玲の生活がカツカツなのは将司がよく知っている。それでも玲の今の状況を鑑みると、アルバイトをしている場合ではないことは理解できた。

(6月も7月も月末評価で最下位だった。次は上がらないとここにいられなくなる・・・・。)

契約が解除されてしまった未来を思わず想像してしまい、玲は首を振った。
深呼吸をして気持ちを切り替え、練習場に向かう。

(今日も待ってろ。モンスタースピーカーめ!)

今日も激しい指導をしてくれるであろう講師に心の中で威嚇して、玲は練習場の扉を開けた。





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