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思いを馳せるということ。

久しぶりに書く。
いつものことです。

書きたくなるときというのは、満たされていないときが多いように思う。
私は常になにかが足りていないのに、それがなにかがわからない。

今の生き方に満足しているとかいないとか、そんな大層な話ではなく、
「なんか楽しいことしたいなぁ」という感じの非常に軽い悩み。
安直だけど恋人がいればこんな悩みはないのだろうかと考えてしまう。
あぁ、世のパートナーがいる人々は孤独故の寂しいという感情は湧き上がらないのだろうか!!
もしそうならば非常に羨ましい。
綺麗な景色やかわいいものを見つけたとき、それを共有したくなるような相手がいたらいいのにと、よく思う。

しかしどうだろう、恋人ができたらすべてに満足がいくだろうか。
それはそれで別問題だろうか。
恋人ができない限りわからない。というか忘れた。
恋愛ができずに早5年が経とうとしている。最初の3年くらいは恋愛が面倒になり好きな人すらできなかったのに、今ではいい出会いがしたいとそればかり考えている。
しかし所謂「出会いの場」とかアプリからの出会いにはあまりに自信がなさすぎて始められず。
出会いは掴みに行かないと、なんて言われることもあるけれどなかなか難しい。それができたら恋愛に苦労しない。
共感していただけるだろうか、こんなわがままみたいなこと。

本当のところ、愛されたいけど愛せる人に出会いたいんだけどね。


久しぶりに書いたのにこんな内容で自分でも情けない。
ちゃんと日々楽しんではいるのだけどね。
先日長めの夏休みがあったので、初めての一人旅をしてきて趣味と豪語したいくらい気に入った。(趣味にするにはお金の問題もあるので難しいけれど)
一人時間もとても好き。なので最高に楽しかった。
今更こんなことを呟いても強がっているように見えるかもしれないけれど、最高だったのは事実で。
ただ、綺麗な景色を見た時に「この景色をいつか、大切な人ができたときに見せたいな」と少しだけ未来に思いを馳せたりした。
虚しくなったわけではなくて、いつかのために色々な景色を見ておくのもいいかもしれないと思った。

環境は日々変わるので、新しい風も吹いてくるかもしれない。
もしいい風が吹いたら、顔を背けずに向き合いたい。



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