桜が散る前に
これは僕と薫の物語。
僕が小学2年生の春、隣に引っ越してきたのは、2歳年上の薫だった。
毎日がつまらない。そんな僕の世界に薫は鮮烈な印象を与えた。
明るく元気で、笑顔を絶やさない彼女は、透にとっていつも憧れの存在だった。
毎朝一緒に学校へ行き、放課後は親が帰って来るまでお互いの家で遊ぶことも多かった。
僕には兄弟がいなかったが薫は本当の姉の存在であった。
しかし、時が経つにつれ、二人の関係は少しずつ変わっていった。
薫が中学生になると、部活や塾で忙しくなり、自然と時間が減っていった。
隣の家なのに、彼女の存在がとても遠く感じた。
やがて僕も中学生になり、学校内ですれ違うことはあっても、かつてのような親密さは薄れてしまった。
というか、変に恥ずかしく声を掛けれなかったのが本音だ。
そして、薫は高校進学を機に市内に引っ越し、二人はさらに疎遠になっていった。
薫が引っ越した後、僕は自分の気持ちに初めて気づいた。
彼女がいなくなって初めて、薫が自分にとってどれほど大切な存在であったかを理解したのだ。しかし、その気持ちを伝えることはできなかった。
後悔を抱えながらも、僕は高校生活を送り、やがて大学へと進んでいった。
大学を卒業し今年から社会人だ!
その頃には、薫のことは少し忘れかけていた。
そんなある日。会社の新入社員歓迎会が開かれた。
あまりお酒を飲めない僕だったが、自分たちの歓迎会なので仕方なく参加した。
歓迎会が開かれたのは駅からも近い居酒屋。
そんなに大きなお店ではなかったが、結構賑わっておりこの辺では有名だという。
店に入ったとこで1人の女性店員さんが目の前を通り過ぎた。
店の中でひときわ明るく接客していた彼女は間違いなく薫だった。
透の心臓が激しく鼓動を打つ。
彼女と会うのは中学生ぶりだからだ。
笑顔は昔と変わらず、周囲の人々を魅了していた。
しかし、同時に僕は何か違和感を覚えた。
薫の笑顔にはどこか影があった。
歓迎会が終わった後、僕は勇気を出して薫に話しかけた。
彼女も僕に気づき、驚いた表情を見せた。
二人はその場で久しぶりに再会を喜び合い、話に花を咲かせた。
しかし、その明るい時間の裏には、僕が知らない重い事実が隠されていた。
歓迎会で再開を果たし、連絡先も交換した。
それから、休日は2人で会うことが多くなり、僕は幼い頃を取り戻すかのようにその日々を楽しんだ。
しかし、薫の笑顔はいつも少し影があるようにみえる。
楽しんでいるようで胸の奥にしこりがあるような、そんな気がしてならない。
気になった僕は薫に勇気を出して聞いてみた。
「僕に隠してることない?」
薫とのあいだに少しの沈黙ができてしまい、僕は心の中で「しまった」と少し後悔した。
話の話題を変えようとした瞬間、薫が口を開いた。
「わたし病気で、あと1年ももたないかもしれないの」
僕は理解が追いつかず言葉を失い、その場で涙を流した。
ただ、静かに涙が流れ始め止まらなくなった。
こんな涙は初めてだった。悲しいのか悔しいのかよく分からない感情が溢れ、心のダムが崩壊したような感情だった。
薫は僕の涙を見て、優しく僕を慰めた。
彼女はこれまで、僕との再会を楽しみにしていたが、同時に彼に自分の運命を知らせることに恐怖を感じていたのだ。
薫の告白を受け入れるのは、僕にとって非常に辛いことだった。
しかし、僕は彼女の残された時間を大切にしようと決心した。
正直、心のどこかでは「悪い夢であってほしい」と願っていた。
二人はその後も頻繁に会い、過去の思い出を共有しながら、新しい思い出を作っていった。
僕は薫の笑顔を見るたびに、彼女がどれほど自分にとって大切な存在であるかを再確認した。
春が訪れ、桜が満開となった。
薫は桜に命を吸い取られたようにやせ細ってしまった。
僕と薫は、桜並木の下で最後のデートを楽しんだ。
僕は薫の手をしっかりと握りしめ、彼女と過ごしたこれまでを離すまいと強く握りしめた。
そして、僕は心の中で、桜が散る前に彼女に伝えたい言葉を探していた。
「薫、君が僕に教えてくれたことは、ずっと忘れないよ。君との時間は、僕の宝物だ。」
そんなくさい言葉しかでてこなかった。
薫はクスッと微笑みながら、応えた。「あなたらしくない言葉」と。
桜の花びらが風に舞い、二人の周りを包み込んだ。
僕は、薫がいなくなるという現実に直面しながらも、彼女の笑顔を心に刻んで生きていく決意をした。
薫が僕に与えてくれた愛と勇気は、これからも僕の人生を照らし続けてくれる。
そして、桜が散る前に、僕は薫に最後の言葉を贈った。
「また来年もこの桜を見に来よう」
薫は僕に微笑み返し、静かに頷いた。
風に乗って桜の花びらが空へと舞い上がっていった。
僕はその後も薫との思い出を胸に抱きながら、新しい日々を歩んでいった。
薫の笑顔は、僕の心の中で永遠に輝き続ける。
桜が散る前に伝えたかった言葉とともに、僕の人生は彼女の存在とともに彩られていく。
「薫、もうすぐ春だな。桜咲いたかな。」
END
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