正月の独身生活とaikoの乙女心
家族が2泊3日で妻方の実家にお泊まりで、久しぶりに2泊3日の独身生活を自宅で繰り広げたのだった。
思いついたタイミングで映画を観に行ったり、バス旅を心ゆくまでダラダラとつけてみたり。勝手気ままな時間を過ごしたのは、考えてみたら2年以上、いや4年振りか。
やってみて驚くのは、家が随分と広く感じることだった。そして、いつもより寒い。洗濯物は増えないし、食べ物は減らない。
隣の世界線に、ぴょんと飛び移ってしまったかのようだった。
車を出して迎えに行く間、なんとはなしにaikoのベスト盤をカーステレオで掛けて聴いていた。これも独身気分のなせるわざなのだろう、妙に心にグッときた。
aikoの歌う乙女心は、キュンとするとしか言いようがない何かがある。そして多分、聴き手のなかにある乙女心にそれは共鳴するようにできている。(自分は男性なのだけれども、こう見えて乙女心豊富な生き物なのである、というか、乙女心とは、男女普遍の感情なのである)
では、乙女心とはなにか。
それは「ある対象への"好き"という気持ち単体で幸福感が発生する心の動き」である。対象は、異性でも構わないが、特定のモノやキャラクターでもそれは発生し得る。
自分自身を対象とはしない(それはナルシストと呼ばれる別の現象である)。
自分自身そのものを好きと感じて幸福なのではない、外部にある存在をこんなにも好きである自分がいて、そのこと自体が幸せなのだという、こういう構造が乙女心の本質である。
このようにして考えてみると、独身気分のモードだったからこそaikoがグッときたということには必然性があったとわかる。つまり、乙女心は孤独なくして発生しないのである。
案の定、往路であんなにグッときたaikoが、家族を連れた復路ではなんとはなしに場違いな雰囲気になってしまった。長女は明らかな違和感を表現していた。
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