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隣人うるせえ

201905072247

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隣人の阿呆みたいな笑い声にほとほと嫌気が差して、根本的な解決を図る事にした。

まず不快感を伝える為、壁を力の限りローキック。
全く収まらない。
気付いていないのだろうか。

そこで、小学生の頃近所の公園で出会った浮浪者が教えてくれた怪しい格闘技を使う事にした。
バスケのピボットの様な動きを迅速に繰り返し、ひたすらに壁を蹴る!蹴る!
隣人の笑い声が悪化した気がした。

いっそこちらを嘲笑しているかのようにすら思えるその甲高い笑い声に、肥大した自我が擽られる。
今こそ心の底から叫びたい。
「隣人うるせええええええええええ!!!」
そんなとんでもないブーメラン行為出来る筈も無く。
お幸せそうで宜しいこって。卑屈な笑みで口元をヒクつかせ、更なる対策を考える。

これだ。
これしかない。
ゾクゾクするほどの名案に、知らず背筋を冷や汗するり。
取り出したのは最終兵器。
ゲーセンで2人プレイまで可能な大人気リズムゲーム。ポップなゆるキャラが語尾に不可思議な打撃音を付けてお金を入れるのを催促してくるやつ。
そう、そのゲーム専用のマイスティックだ。

中学生の頃、流派も分からない謎の格闘技を極めるのに限界を感じ、人生初の挫折を味わっていた自分を救ってくれたゲーム。
リズミカルな打撃、手首の繊細な捻り。
達人の域まで達するには、全身運動、極度の精神統一と集中をも必要とする。

脳内で選んだナンバーは勿論君がいた夏で花火打ち上げるやつ。
脳内のゆるキャラは既にフィーバー状態だ。
早くもキラキラ虹色に光るバーが見える。
落ち着け落ち着け。
まずは序盤の何発かを丁寧にじわじわ押さえて。
一気に爆発!

と、
突然走馬灯の様に駆け巡る過去の記憶。

音ゲーに興味無い彼女にそれでも良いトコ見せたくて、
無理にゲーセンに連れていって、
十八番を一番難易度高いモードでスタートして、
今までで一番良いコンディションだとじわじわ確信、
否が応でもテンションMAX!
勿論フルコンボ!
ゆるキャラにもう一曲とか言われて、
どうだ、いや大した事ないんだけど?
まあ、2曲目は君が好きなやつにしようかな、
とか満面の笑みで振り返ったら、

居ないじゃん彼女。

って言う高校生の頃の思い出。
途切れる集中。
なんて事だ、俺はもうスティックを握れないのか...?

その時だった。
壁が鳴った。
激しくドン!
たった一発だったが、その心意気ははっきりと伝わってきた。
俺は取り落としたスティックを固く握った。
笑い声は、止んでいた。

魂のドラミングを終え、真っ白に燃え尽きた俺の耳に、ポップなチャイムの音が響いた。
ふっと弛緩した肩。溢れる笑み。
分かってるさ。
言いたい事はいろいろ有るが、今はただ一言こう言いたい。

「うるせえええええええ!!!!!」
「あ...、すみません」
「ワレェ今何時だと思っとんじゃアアン!?こンのボケナスがァアア!!」
「いやほんと...すんません...」
「ホンマええ加減にせんと終いにゃあ壁やのうてアンタをどついたるがええんかい!?」
「スンマセン!スンマセン!!」

帰ってもらった。
隣人怖いな。ヤの付く本職の人みたいなおっちゃんだった。
一方の隣人の笑い声はもはや死にそうな感じ。過呼吸みたいになってやがる。
盟友に捧げる筈だった「ありがとう」は飲み込んだ。
やっぱり俺が隣人に言えるのはこれだけだ。

「隣人うるせえ。」















大家「退去」

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