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五月の雨

201905010835

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このところ毎夜悪夢に魘される。
捨ててきた家族に代わる代わる責められる夢だ。
父、母、母方の祖父母、皆々地獄の門卒の様に醜悪な顔をして、息つく暇無く唾を飛ばしてがなる。

ところが、今日の夢は様子が違った。
父と母が5歳くらいの童になって、それぞれ私の両袖を摘んだ。
表情は不明瞭で感情が読めないが、所作は年相応に可愛らしい。
しかし、意外にも袖を掴む力は強く、必死に袖を振り切って逃げようにもがっちり掴んで離れない。
思わずひやりとして、童の方を向いたら、想像で補完できなかったのだろう、妙に大人の顔がべったり張り付いて、そのまま、えたりと気味悪く笑った。
いよいよ逃げ出したく思い、必死になって極彩色の嫌に古びた寺院みたような所を駆け抜けるけれど、どこにも出口らしいものは見えない。
童は顔ばかりにたついているものの、執念く押し黙って一言も発しないまま、いよいよ袖を千切れそうな程握り込む。

とうとう息切れして、石庭にごろんと寝転んで渦に呑まれ目を瞑る。
ふと真上に何者かの覗き込む気配を感じて、はっと目を開くとそこには祖父母が同じ様に童になってこちらを覗き込んでいた。
体躯と顔の差が激しい分、子泣き爺の出来損ないみたいに見えて、いよいよ恐ろしく、本当に泣きそうになった。

と、瞬間、雌鶏の断末魔みたような空を劈く悲鳴が聞こえて、石庭の渦の様に極彩色がぐにゃり、と揺らいだ。
途端、火が付いたように童達がわあわあと連鎖して泣き始めて、極彩色も寝転んだ石のゴロゴロした感触もうやむやのわやになり、童の顔ばかりが渦になってぐるぐる頭の周りを回り始めた。
その内今ひとつ顔を覚えてすらいない父方の祖父母の顔まで回り出して、叔母夫婦と同い年の従兄弟の顔まで加わり、
果ては最近相談を聞いていた後輩の顔まで混ざるに及んで、いよいよ渦は狂乱の様を呈してきた。

ここまで来るとさしもの私も落ち着いてきて、ふっと急に、
あれは父母が童になったのでも、
童に父母が憑いたのでもなく、
父母の中の童なのではないかと考えた。
妙に落ち着いていた。
皆体内に童を飼っている。幼少期の記憶。
父母の中の童も、祖父母の中の童も、後輩の中の童も、皆々泣いていた。
泣き声が次第に輪唱の様に響き始め、急速に浮上する意識の中で、外は雨らしい、と悟った。

閉じたカーテン。六畳一間の手狭な雑然とした自室。
身近な光景が今日も変わらず鬱々と沈んでいた。
もう三日ばかりざあざあと止まない雨。
私だけ梅雨を先取りしたみたいだ。
外の雨と共鳴するかの様に、
内側から童の泣き声が微かに聞こえた気がした。

そういえば、
捨てられたのは私の方だった。

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