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【完結】トガノイバラ #1~#93

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【和風味吸血鬼的現代ファンタジー】 伊明と琉里は高校2年生の双子の兄妹。 変な父に振り回されつつも普通の生活を送っていた。 そんなある夜、とつぜん琉里に異変が起こる。 廻り…
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2021年11月の記事一覧

トガノイバラ#64 -4 悲哀の飛沫…5…

◇  ◆  ◇  ◆  救出劇から一時間ほどが経っていた。  ときどき渋滞に巻き込まれながら下道を走り続けていた遠野の車は、帆村町という川沿いの町の一画で、ようやく伊明たちを吐きだした。  道中、完全に運転を柳瀬に任せて遠野は『ミカゲ』という男に電話をしていた。  伊生の名を出し「今から伊明を連れていく」とごく簡単に彼が告げると、「お待ちしとります」と――どこか聞き覚えのあるイントネーションとすこぶる陽気な声が、その施設の所在地を述べた。  そのやり取りは隣に座る伊

トガノイバラ#65 -4 悲哀の飛沫…6…

「興味深い話ではあるが、ゆっくり聞いてる場合じゃない。今、ちょっと厄介な事態になってる」 「御木崎家がいよいよ強硬手段にでましたか」  人差し指を立ててすんなり返してくる御影佑征に、遠野は面食らったように声をのんだ。続いて中指を立て、御影佑征がさらに続ける。 「ここにおるんが伊明君だけやいうことは、エミちゃんは敵の手中に落ちたっちゅうことですね」 「……エミ?」 「琉里です」  訊き返す遠野、すかさず訂正する伊明。  ――誰だ、エミって。  御影佑征は悪びれもせ

トガノイバラ#66 -4 悲哀の飛沫…7…

 ――そうだろうと、思っていた。 「俺も行く」 「駄目だ。お前はここにいろ」 「琉里は俺の妹だし、こうなったのも俺が原因だ。俺も行く」 「駄目だっつってんだろうが。だいたい、お前のせいじゃない。何度言やわかるんだ。原因を作ったのはお前の父ちゃんであって――」 「だから」  語気を強めて、伊明がいう。 「俺も行くって言ってるんです」  遠野は口をつぐんだ。伊明の瞳をじっと見返してから、はあ、と太い溜息をだして額を押さえ、 「伊明。お前の気持ちもわからなくはねえ

トガノイバラ#67 -4 悲哀の飛沫…8…

◇  ◆  ◇  ◆  血が、馴染む。  言葉にするなら、きっとそうなのだろう。  琉里が張間に拉致されたのは、ちょうど、検査に行くための支度を終えたときだった。  遠野の知人である大学病院の医師から指定された時刻に合わせて、柳瀬が用意してくれた濡れタオルで体を拭き、コインランドリーで洗ってきてくれたという昨日の服に袖を通し、のんびり向かうか、なんて遠野と話していたときに、張間たちはやってきた。  抵抗は、ほとんど意味をなさなかった。  全部で四人、そのうち二人は突き

トガノイバラ#68 -4 悲哀の飛沫…9…

「……えっと」 「ギルワーだと、ききました。……どんなひとですか?」  隣の芝生に対する興味、だけではなさそうだった。由芽伊はじっと琉里を見つめ、待っている。  頭のなかで和佐の言葉をさがした。優しい人だった、花が好きだった、白い猫を飼っていた、ちょっと気が強くて、――いまの琉里と、よく似ていた。  でも結局、琉里はそのどれも口にしなかった。  どれも、自分のものではなかったから。 「ごめんね、私にもわからないんだ」 「わからない、ですか?」  由芽伊がぱちりと

トガノイバラ#69 -4 悲哀の飛沫…10…

◇  ◆  ◇  ◆  伊明はふたたび遠野の車に乗りこんで、御木崎邸に向かっていた。  時刻は午後七時半。  カーナビによる到着予定時刻は午後八時すぎである。  遠野たちの話によれば琉里が診療所で拉致されてからおおよそ三時間は経っている。矢方町と御木崎邸は、車での移動ならば二時間弱はかかるから、あの離れなり地下の牢獄なりに閉じこめられているとして――正味一時間程度か。  はたして無事だろうか。父はどうしているだろう。  連絡の取りようがないのがひたすらに不便だった。

トガノイバラ#70 -4 悲哀の飛沫…11…

◇  ◆  ◇  ◆  ――皮肉なものだ。  檻の中に座りこんだまま、伊生は自嘲気味に唇をゆがめた。  この地下牢に、彼は、彼自身の手で幾人ものギルワーを放りこみ己の血でもって殺してきた。  自分がまだ、御木崎家の殺戮人形だった頃。  ギルワーを狩ることこそが己の存在理由だと信じて疑わなかった頃。  ――文音と、出逢う前のこと。  そこにいまは、自分が閉じこめられている。  いつのまに鍵など付けたのだろうか。昔はそんなもの必要なかった。この家に一歩でも踏みこめば

トガノイバラ#71 -4 悲哀の飛沫…12…

「あれをどうするつもりなんですか」  少年の顔つきは戻っている。仮面をつけ直したように、巻き戻しを掛けたみたいに。 「いくらなんでも、宗家の当主がギルワーを匿い続けるわけにはいきませんよね。シンルーの血が混じっているとはいえ――いいえ、だからこそ余計に悪い。あれは宗家の恥ですよ。処理が必要なのではないですか? あなたがここに戻ってくるのなら、すぐにでも」  伊生は識伊の顔に置いていた無感情な瞳をふたたび牢内にもどした。後頭部を格子に預け、目を閉じる。ふと唇が緩んだ。

トガノイバラ#72 -4 悲哀の飛沫…13…

 文音と出逢った日も――雨が降っていた。  黎明学園高等部から大学へエスカレーター式に進学した伊生は、家の意向に従って寮にも入らず部屋も借りず、片道一時間半の道のりを張間の運転する車で通っていた。  郊外から郊外へ、ドーナツを横断するような大移動であったが、伊生にとっては苦ではなかった。どうでもよかった、というべきか。  『日常』に対して伊生の食指は一ミリも動かない。  まあ、そとに居る時間が長いほうがギルワーを見つける機会も増えるだろう――と思っていたくらいである。

トガノイバラ#73 -4 悲哀の飛沫…14…

「そういう意味で言ったんじゃない。……あなたは知らないかもしれないけど、私たちは血を繋ぐために生まれてきたの。新しい命に母たちの祈りと加護を授けて、そこへ還るために私たちは生きてる」 「知ってるよ。ギルワーどもの悪趣味な儀式だろう」 「失礼ね。悪趣味なのはお互いさまじゃない」  一緒にするなと文句を言ってやろうとして、伊生はすぐに口を閉じた。  なにを普通に喋っているのか。  相手は薄汚いギルワーの小娘だというのに。  言葉の代わりに息をついた。  瞼を閉じ、そして

トガノイバラ#74 -4 悲哀の飛沫…15…

 その日を境に、宙ぶらりんだった伊生の生活はがらりと変わった。奇しくも遠野の直感的見通しが現実のものとなったのである。  伊生は家の地下牢を使わず、張間も連れず、一人で外で狩りをして、父には報告のみをあげるようになった。  もちろん嘘の報告である。  実際は狩りなどせず、見つけても無視を決めこむか、なんらかのきっかけで関わらざるを得なくなれば遠野を介して片っ端から文音のもとに送った。  文音はギルワーたちの支援活動を行う地下グループ――というと大仰に聞こえるが、種の性

トガノイバラ#75 -4 悲哀の飛沫…16…

◇  ◆  ◇  ◆  とんでもない。  なんという無茶をするのだろうか、御影なにがしたちは。 「滅ッ茶苦茶だな、あいつら――!」  舌打ちをしながら遠野が車から降りた。おい、と声を掛けられて、呆気に取られていた伊明も柳瀬も、慌ててドアを開けて外に出る。  御木崎邸に向かう山道は、ところどころに待避スペースこそ設けられているものの、車同士では並走できない細さだった。  先頭を切っていたのは御影なにがしのバンで、遠野、御影佑征の車と続き、その後ろに残りのなにがしたちが

トガノイバラ#76 -4 悲哀の飛沫…17…

 御影なにがしたちから少し遅れて門を抜ける。  御木崎側は見事、大混乱に陥っていた。  そりゃそうだろう。とつぜん門を突き破って入ってきたバンが母屋に体当たり、わらわらと侵入してくる道具を持った無法者たち――動揺するなというほうが無理というもの。  それでも、母屋から飛び出してきた黒服たちはさすが警護部隊である。ワケがわからないなりにも対処しようとすでに動き始めていた。侵入者のなだれを堰き止めるべく、二、三名が黒い警棒を手に、ほとんどの者は果敢にも素手で向かっていく。

トガノイバラ#77 -4 悲哀の飛沫…18…

◇  ◆  ◇  ◆  外の喧噪は池の離れにも届いている。  琉里はぴたりと引き戸に耳をくっつけて、外の様子を窺った。  罵声と怒号が入り乱れている。クーデターでも起きているみたいだ。  父や伊明が来てくれたのかとも思ったけれど、にしては二人の声が聞こえない。――いや、当然か。「コラオラクソがー」はどちらかというと遠野の担当である。  ここから出してあげる、と張間のもとへ行った由芽伊はまだ戻ってきていない。たぶんもう戻ってこられないだろう。敷地内のこの喧噪もそうだけれ