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居場所とわたし

人は、他人をコントロールしたいと考えるのだろう。
それは時に歪んだものとなり、悲劇を生み出すこともある。


前置きがおかしくなりました。どうも私です。
生きてるって嬉しいね。日々誰かの力になっていなくても、生きてるだけでよく頑張っているものだと、最近は感じることができるようになりました。
日に日に、何かをすることが楽しくなってきました。
noteを書くことを筆頭に、ゲームすること、お散歩に行くこと、誰かとご飯を食べること、スポーツを見る事…挙げればキリがないんですけど、ひとつひとつすごく楽しくなってきました。

ちょっと前まではどうだったかって?
わたしのnoteを読み続けている人とか、会って直接話をしてくれた人はわかっているだろうけど、飛んでいかないためのツール…という程度。
サッカーを見に行きたいから頑張ろう、とか。
ゲームしたいから時間を作ろう、とか。

でもそれって、本質的にはおかしいなぁ…と心の中では考えていても、改善する隙間もなく、仕事に追われていたのです。
仕事は仕事で、意味も分からず罵倒されるわ長時間労働が当たり前で寝ることができないわで滅茶苦茶。解決する見込みがあるのなら頑張れるんですけどね。毎日それでは続きませんってよ。
こんなんで当然続けることができず、全てを投げ打って出た先は福井県の東尋坊。言わずと知れた名所ですが、一度行ってみたいなぁ…と思い始めたのはここ数か月。仕事を投げ打った日に決めて、次の日の朝には福井に旅立つという他人から見れば理解できないかもしれない大往生です。(ワタシをよく知っている人からすれば平常運転か)

いろいろ仕事のこと、考えてきた。
常々思うことは、誰かの生活と自分の生活は、同じウェイトで考えなきゃよね…とは思っている。仕事で色んな決まりがある。誰かの事も考えないとならない。互いに良い関係でないと繋がりは続かない。
これだけ様々なことが自由に選択できる世の中だ。ビジネスという観点でも個人的な観点でも、自分だけがよければ…という考え方では何もかも続くわけがない。

一括りにはしたくない。だけど…どうしても、年の数だけ繋がりは絶対的だと思っている人が一定数いる。申し訳ないが、そんなことは一切ない。無理を言えば人は離れていく。一回であれば飲み込んでくれるかもしれない。
一生のお願いは一回しか使えないから一生のお願いなのだ。

それがわからない人と出会ってしまった。
無理をすれば続けられることは、平常時にはできないのだと分からないらしい。出来たんだから出来るんじゃないのか?と問われても、そこに至るまでの経緯を知らずに言われてもどうしようもないではないのか…と。
個人という面でも、ビジネス面(取引先)にも適用されてしまうと、もうどうしようもないのだ。何故一生のお願いが何度も使えると思っているのか。

これはずっとそうなのだけれど、誰かのことを理解しようとする気が無い。
隠している事も、無理を押してやっていることもたくさんあるのだ。全てをつまびらかにする必要は無いのだけれど、最低限知っていなきゃいけないことを聞こえないふりをしたがるのは、それを受容できるだけの強さが無いのだからではないかと、私は思うのです。良い事もあれば、悪いことだってある。悪い事を知りたいと思う私は、変な人でしょうか。悪いことは一生懸命解決するように動き、良い事は皆でアホみたいに喜ぶ。それじゃダメでしょうか。
上機嫌だと目の上のたん瘤のように扱われるのはなぜでしょうか。常に同じ世界を見ていないと気が済みませんでしょうか。ならそれに足る情報をください。そのかわり給料も同じだけくださいね。



話が脱線しちゃいましたね…。
趣味も、誰かと会う事も、仕事も。本当は、全て同じウェイトであるはずなのです。仕事もできるのであれば楽しくやりたいのです。
発散するために趣味があるなんて考えは、本当はそれが正しくないなんてわかっているのです。楽しく生きていたいに決まっている。どんな場面も、どんな状況だって。
全て思い通りに行くなんて、これっぽっちも思ってないです。でも楽しく在りたいのです。それじゃダメですか。

各種SNSに鍵をしました。私のことを分かってくれる人なんて、もっと少なくていいのです。誰かに理解されたいという欲は、もう十分に満たしてもらっているのです。いつもの皆にも、少し距離が離れている人にも、十分理解を頂けております。
ボール蹴ってる時や、ニコニコ笑っているのが本当の私です。あまりお見せしない姿だと思います。それをどう引き出すのかは…これを見ているあなたにお任せします。
だけど、これを見てくれている方は、恐らく何かを考えなくても引き出してくれると信じています。在るがままでいいのです。人一倍警戒心は強いですが、一個乗り越えてしまえばもう大丈夫…というのがわたしという人間です。


難しい事ばっかりです、この世の中。
誰かをコントロールしたいとか、考えている人はおそらく私と合いません。
お引き取り頂いてもう結構なのです。だから出だしをあんな感じにしました。
これも、一個乗り越えれば大丈夫なのです。最後だけ見ようとしても、ここだけ読んでもこの話は伝わらないのです。でも、同じ境遇の人には伝えたいことがひとつ。

You'll Never Walk Alone

理解してくれない人が目の前に居ても、逃げていいのです。
必ず、誰か理解してくれる人が居ます。見つからないよーって人は、私でもいいです。まずは逃げて、動いてみればいいのです。あなたの居場所はそこじゃない…というだけ。きっと誰かに伝わりますように。

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