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光は道しるべ

帰りたい場所があるって幸せな話です。
会いたい人が居るとか、家のベッドで寝たいなーとか。
お土産買って、喜ぶ顔が見たいなーとか。



えぇ、先週は愛媛に行ってきました。
日曜日の朝から移動して、夕方前くらいに松山に着いて、クソみたいな試合を見て、みんなで反省会兼愚痴会で土地の美味しいもの食べて。
凄く楽しい旅でした。自分の車ですべて移動するというのも、また味があったかなーと思いました。めっちゃ大変だったというか、移動なげーーーーーーー!って何回も思ったけど。
今治を16時に出て、家に着いたのは翌朝2時。おいおい何時間移動しっぱなしなんだと、自分で突っ込んでしまいましたが、まぁそれも楽しかったのでヨシとしましょう。

サッカーの結果だとか、内容がどうだったとかはこのnoteに書くことじゃないとマイルールにしたので、気になる方はXを見るなり私に直接聞くなりしてください。Xのリンク貼っておくね。yuu (@ssssccc_1810) / X (twitter.com)

Xではちょいちょいチェックポイントのように書いているのですが、やっぱり私のところに集まる人は、自分の軸がばっちりある人が集まるのが何よりも面白い。試合後の飯、3人ともひとりで来て、勝手に試合見て帰る…みたいな3人組。もはや自由人(笑)、でもそれが良いのでしょう。

昨今の世の中は、群れる事で自分の優位性を見せびらかしたい人が増えた感じがします。サッカーの世の中でも、サポーターグループなるものが存在します。所謂団体的なナニカ。
構成員が20~30人になると、それぞれが一人一人ときちんとした関係が築けているのか?というのはおそらくノーでしょう。私はそういったかりそめの関係には魅力を感じない一匹狼なのはずっと変わっておりません。だから今いる仲間たちは距離感が絶妙で、付かず離れずの関係が抜群にいいのです。

こういったこと、あまり言語化したがらないよね。
自分たちがなぜその場にいるのか、くっ付いていたい理由は何なのか。
ここ1年近く、組織の軋轢を自分でも、周りの人から聞いても感じるようになり、自分がどうしてここにいるのか、なぜ今の仲間たちと関係が維持できているのか…を結構考えていたりする。
正解は個々人が作るもので、誰かが強制するものでもないのだけれどね。でも、さ。意識しないと作らないじゃないですか、今の世の中。

作ったところで、それを言語化して発信できるか?というのはまた一つ大きなハードルでしょう。だーーーってフィーリングが合うから…とかでお友達関係を語れるのが今の世の中でしょう?それわからんもん。俺自身が(笑)
この前東京行ったときにも言われたけれど、わたしはnoteを書いたり、普段のX見てくれている方はお分かりの通り、自分が自分の言葉で発信することをとにかく心掛けているのですが、これができない若い人が多いみたいで。日本の教育課程とも密接にかかわっているらしいけど、この辺りはワタシじゃ全てを理解できなかったので、また話を聞いてこなきゃ。理解していないのに中途半端に発信したくない…ってだけだけど。


自分でも、自分がしていることに価値を感じる場面はそんなにないんですけど。でも一つ分かったことはですね。
私の友達が、別の友達(ワタシから見て知らない人)といるときは、ラフにしゃべり掛けないほうがいい、というのは絶対的にこれからも守ったほうがいいというのは、ここ最近でずっと感じている。
サッカースタジアムでもそれ以外でも感じるけれど、流れをぶった切って喋りかけてくる別の人には嫌悪感を抱いている自分がいるみたい(笑)
直近で言えば、5/26の日本平ゴール裏とか、6/19未明の松山駅とか…いや挙げれば山のようにあるけどさ。一回だけそれを経験して、何となく嫌だなーと感じて、二回目が来ると確信に変わるね。今回はわかりやすかったからやっぱりそうなんだーと思ったけど。

わたしの友達が上手いなーと感じるのは、それぞれが知らない友達には単独で会いに行くこと。これはきっと…ですけど、1人で動くことが当たり前になっていると、それでいいと思えるからだと思う。1人で動けない人だったら、絶対ごっちゃにして必ず自分の近くに誰かいるようにしますものね。裏を返せば、そうじゃなくていいという事なので、なんか上の話とリンクしてくるかなーと。それこそが、私が付き合っている大きな要因です。
お友達が多いアピール、しなくていいものね。人が多くなると、得てして質は下がっていくものです。誰かが見えないところで損するくらいなら、私は1人でも十二分に楽しい。そんなドライな感じなのがいいのかなーって。


うん。世の中は難しい。
だとしても、人間一回潰れてからが勝負やなーと、分かったのが嬉しい。
今治から本州へ帰る時に、あぁ帰りたいんだな…と思えたのは一つの前進でもあり、感情に素直であるというのは楽ちんというか、そうありたいなぁと思う次第です。出来るだけ等身大で居たい。それ以上でもそれ以下でもないと、気づくのに時間はかかっているけれど、ちょっと自分比わがままなくらいがちょうどよかったりするのかもしれない。そんなことを考えた愛媛の遠征でした。

いいよ、ひとり旅。自分の中にある価値観というか、なぜ私は今ここにいるのか、とかすごく考えるいい機会です。意図して1人にならないとできない。ある意味では、1人にさせてくれる仲間に感謝なのは、こういったところも…そうなのでしょうね。

では、また来週。元気に新たなものが書けますように。

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