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思い出の曲の生まれ方

こんにちわ!
流しの四元です。


とうとう7月になってしまいましたね!!
2019年の後半がはじまったわけですが、
焦ってもろくなことがないので最近の僕は無駄な焦りは抱かないように過ごすようにしております。
みなさまはいかがお過ごしですか?


さて、

昨日は横丁にお客さんは沢山いたのですが、
流しは非常にまったりでした。
そんな日もあるもんです。まぁ、むしろよくあります!笑

しかしながら、最近なんとなく感じてる傾向があって、
それは「流しがまったりの日は、いいお客さんとの出会いがある
ということです。

昨日も、
2回目ましての(はじめましてではなく)お客さんがいてリクエストしてくれたのですが、
22時頃になって、手持ちぶさたにしている僕を見つけて、
「ちょっと付き合え!」
といって、僕をライブバーに連れて行ってくれました。

そのお客さんは、イベント関係のお仕事かなんかで、
誰もが知ってる有名なアーティストとかとも仕事をしたりと、
音楽や音楽業界(に近いところ?)にいる方のようで、

とにかく”頑張ってる若い奴”を応援したくなってしまう、らしいのです。

それで、行きつけのライブバーが雰囲気もいいし、マスターもいい人だからということで連れて行ってくれたようなんですね。

それで、そのライブバーはとてもよかったのですが、

それにも増して、そのお客さんの話を聞いて、

「あ、こうやって、思い出の曲って生まれるんだなぁ」と思ったことがあったんです。


お客さんが20代だか30代のバリバリ仕事をしていた頃、
10日間くらいある大きめのイベントを任されたらしく、
エンディング曲をマイケル・ジャクソンの「We are the world」にしたそうです。
毎日毎日、終わりになると「We are theワー」って流れてたそうなんです。

そのせいか、今でもこの曲を聞くとその時のことを思い出すそうです。


それがいい思い出なのか、苦い思い出なのかはわかりませんが(笑)、
でも、「あぁ、こうやって、思い出の曲は生まれるのかぁ」と思いました。


考えてみたら僕も、
ミスチルのSENSEというアルバムを聞くと、
新卒で入社したプリンスホテルで、赴任先の軽井沢と東京の往復の時に、
車で爆音で聞いていたので、その頃を思い出します。

思い出すといっても、具体的な場面とかを思い出すのではなくて、
あの頃の自分の感覚、不安だったり不満だったり、夜勤明けで眠いけど帰ったり(危ない!)という。


僕も音楽を作るのですが、作る側の「思い出になるような曲を作ってやる!」みたいな野心って、あってもいいと思うけど、
実際のところは、音楽を聞く人が意外と意図しないところで、思い出の音楽を生み出していたりするのかもなーなんて思った夜でした。


7月のスケジュールです!今月もよろしくお願いします!




読んでみて少しでも「いいな」とか「会ってみたいな」と思ったらぜひ会いに来てください!!