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将棋ソフトを用いた不正と、人間理解の不可能性に関する散文

 私にとって他人とは愉快なものである。基本的に理解できる行動よりも、理解できない行動の方が多い。私は今まで10人以上の人間と同居したことがあるが、以下に同居人たちの奇行を記載する。


・台所の掃除をせず、排水溝に独自の生態系を育成する

・ティッシュペーパー越しでないとドアノブを握ることができない

・毎日のように家でカエル料理の研究をし、私に食べさせ感想を聞く

・家に放射能を発するウラン鉱石を剥きだしで飾る


 当然他人と同居生活を送る上で、これらに私が遭遇する際にはもちろん理由などは説明されない。ただただ結果のみをまざまざと見せつけられる。仕方がないので私はその場に応じて拒否したり、対応したり、受け入れたりする。……まあ、ウラン鉱石のときはさすがに大きな声が出たけど。

 ただ同居とは面白いもので、時間をかけて接していてれば当初は奇行と思っていた彼らの行動も、なんとなく自分の中でわかってくる。ある同居人がウラン鉱石を剥きだしで飾る理由は、放射能の影響を軽視しているのではなく人命に対する価値が彼の中で著しく低く、自らすら例外ではないからだった。ある同居人が家でカエル料理の研究をするのは彼がカエルを使って起業したいからだ。まあ、理解とまで行かずとも、なんとなく「まあ、彼ならやるか」といったところまでは腑に落ちる。もちろん、だからといって私が拒否権を放棄するわけではないのだが。

 さて、本題に移ろう。私はインターネットを使って将棋を指す趣味があるのだが、どうもズルをする連中がいるらしいのである。最近のコンピューターは性能が著しく、最新の将棋ソフトはあの藤井八冠ですら必ず負けるほどである。ズルをする連中はインターネットの将棋で、ソフトを使って将棋を指すわけである。藤井聡太が勝てないんだからアマチュアの手も足も出るはずがない。ソフトの前に死体の山が構築されることになる。

 当然このような行為は倫理的にも社会的にも許されるはずがなく、時折ソフトを使って将棋をする人間は将棋大会の運営にバレたり、告発されたりして、コミュニティからつまみだされる。ところがソフトを使って将棋をする者の出現は後を絶たないため、インターネットでトーナメントやリーグ戦を開いている運営の方々や、一般の対局者の頭を悩ませることになる。ソフトは基本無料でインターネット上からダウンロードできるためコストがほとんどかからない。後を絶たないのもまあ納得がいくものである。

 さて、このズルをして将棋をする連中のことであるが……私にとってこの連中は、放射性物質を家に放置する前の同居人と特に違いがない。つまり不可解な行動という点だ。

 第一に、将棋というゲーム、それもインターネット将棋でズルをするメリットが思いつかない。これがタクティカルシューティングのようなアクション性の高いゲームにチートを導入する場合、画面がものすごい勢いで動いて自分のキャラが次々と相手の頭を打ちぬいていく……といった、より原初的な快感を得ることができるに違いない。ところが将棋はターン制であり盤面も極めて地味で、そうした原初的な快感から離れているように思える。

 第二に、経済的メリットがない。ソフトを使って将棋をする連中は優勝しても何も得られない大会でも使っている様子である。VTuberや配信者といった人間は活躍することで経済的利益を得られる可能性があるが、そうではないごく普通の立場の人間が当たり前のようにソフトを使っているのでこれは例外だろう。

 ……つまりソフトをなぜ使って将棋を指すのか、といったところがサッパリ私には分からないのである。この「不可解」という点において、私にとってソフトを使って将棋を指す人間は、放射性物質を部屋中にまき散らして平然な顔をしている前の私の同居人と同じである。

 これを理解しようと思ったら、本人に話を聞かなければならない。ただ当の本人も言葉になっていない可能性が非常に高いため、その場合は長い時間を本人と共有しながら、非言語的にも付き合っていく必要がある。私は前の同居人と数年付きあって、なんとなく、「彼が自分の部屋に放射性物質を剥きだしで飾る」ことが不可解なことではなくなった。少なくとも今の私の理解では、彼がウラン鉱石を健康的被害を考慮せずに飾ることは想定できる範囲である。

 これは決して、ソフトを使って将棋を指す人間を理解しろと言っているわけではないという点に留意いただきたい。不可解なものを理解したり受容したりするのには、試みだけでもかなりの時間コストが要求されるからだ。有無を言わさずコミュニティから排除すれば良い。現に私もウラン鉱石は問答無用で排除した。そして私はこうした人間に遭遇するたび……人間が持つあまりの多様性に愕然とした。一個人が人間という種族が持つ多様性を理解するには、あまりにも人生が短すぎるに違いない。

 最近、ソフトを使って将棋を指す連中がまた問題を起こしたらしく、一週間ばかり私のTwitterが荒れていた。この連中はゾンビの如く湧いてくるので、ある程度はありふれた存在なのだろう。私はそうした「ありふれた存在」へ光を当てる能力すら持っていないのだ。私は人間について、盲目のままあたりを探り周り、決して光を見つけることなく死んでいくに違いない。だが自分にとって不可解な行動を取る人間のことを知りたいという知的欲求は相変わらず、他者への配慮や社会的評判など全てぶっ飛ばしてただひたすらに続く。

 投稿日にして本日の21時から、ポメヒさんという知り合いのVTuberがソフトを使って将棋を指した方を呼んで話を聞くらしい。私は今回、倫理も何も関係なく、ただ一個人として、ソフトを使って将棋を指した人間の話が聞けることに興味を持っている。純粋に話を聞いてみたいのである。語る本人が平均的なことを話すとは限らないだろうが、それでも何もないよりは100倍マシだと思う。

 だいたいマトモに社会生活を送っていると次第に不可解な行動を取る人間は周りに減っていく(取っていたとしても隠してしまう)。だから生の声を聞けるのは貴重なのだ。とってつけたようなテンプレートの謝罪文の読み上げなどに価値は無い。倫理や道徳といった言葉は一度横に置いて、ただ中身を話していただきたい。配信が楽しみだ。

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