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親を見送るということ〜 父らしい最期 編 〜

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咽頭癌で緩和医療を選択し、自宅療養中だった父が再度入院した。

おそらくもう家には帰れない。食止めもするので後1ヶ月はもたない、と宣告された。

今、父は何を考えているのだろう?

「最期はどんなふうに迎えたい?」
と訊いておいた方が良かったのだろうか?

訊けるわけがない。

自分の死を連想させるような話を父は嫌った。
結局遺言も書かなかった。

父が病気になってから、色々な選択決定のほとんどを家族がしてきたように思う。

父は自宅で最期を迎えたかったのではないかと私は思うが、実際のところ真意は分からない。

でももう父の最期はもうそこまで迫っているのだ。

父を入院させた日の深夜、眠りにつきかけた頃に私の携帯が鳴った。

病院からだった。

「遅い時間にすみません。ちょっとお父様が動いてしまったので身体を拘束させてもらいました。」

拘束・・・そんな報告されても、「そんなことしないで下さい」なんて言えるわけもない。

「そうですか?苦しんでいるのですか?」
「今は眠っています。」
「そうですか。よろしくお願いします。」

そんな会話で電話を切った。

その夜もほとんど眠れなかった。

昨晩あれほど苦しんでいたのだ、入院したからといって良くなることはない。

後は死を待つだけなのだから。

そして私はその連絡を待つだけなのだ。

携帯が鳴るたびに緊張が走る。

そしてその連絡はその翌晩だった。

また寝入りばなに病院からの電話。

「呼吸も弱くなり、心拍数も落ちています。今から来られますか?」

いよいよだ、思ったよりも早かった。

「すぐに向かいます。」

母を起こし、適当に着替え車で病院へ向かった。

病院までは10分ほどで着いたが、病院の外で長い時間待たされた。

実際どれだけの時間待たされたのかは分からないが。

裏口の扉を開けた看護師さんから、重々しい口調で

「つい先ほど亡くなりました。」

と告げられた。

えっ?連絡を貰って直ぐに駆けつけたのに?

こんな所で足止めをくらったから間に合わなかったんじゃないの?

そうは思ったが口には出来なかった。

つい2日前、苦しむ父を持て余し、私たち家族は父を入院させてしまったのだ。

死に際に間に合わなかったことが悔やまれる、とか罪悪感を感じた、とかいう話を聞いたことがある。

いざという時すぐ駆けつけられるように近くの病院を選んだのだが。

こんなご時世では、簡単に家族揃って病院に駆けつけることなど出来ないのだ。

看護師さんに案内され病室に入ると、そこには安らかな顔で眠っているような父がいた。

身体も温かく、胃瘻で栄養も摂れていたから肌艶も良く、年齢のわりに若く見えた。

本当に眠っているみたいに綺麗な顔だった。

その後医師に死亡確認、葬儀社への連絡、私の気持ちがついていけなくても物事は進んでいく。

「葬儀屋さんは1時間半くらいで来られるそうです。それまでに処置をしますので、こちらででお待ちください。」と看護師さんに受付に案内された。

真夜中の病院さ冷え切っていた。

暖房は入れてくれたがコートを着ていても寒かった。

満足に寝られない夜が3日続き、心も身体も疲れ果てていた。

それは私だけではなく母も同じだ。いや母の方がもっと前から満足に眠れていなかったに違いない。

壁に頭をもたれさせて目を閉じた。どこからか、

「・・・助けて〜!・・・助けて〜!」

という声が聞こえてきた。まるでデジャヴの様に。

去年の夏、私が喉頭蓋炎で5日間ほど入院した時にも、夜な夜な「助けて〜!」という声が聞こえてきた。

今、私は入院中だったっけ?うつうつとそんなことを考えていると、
「どこにでもいるんだね。」母がポツリと呟いた。

そうだ、私たちは今父を連れて帰る為にここで待っているのだ。

入院してたったの2日、

「もう家に帰れないなら、さっさと行くぞ!」

父がそう言ったような気がした。

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