ある男。

拝啓、みなさんお元気ですか?~look back from the future~

時は20XX年。荒廃した街の外れに中肉中背というには少し細身の男性が立ちすくんでいた。むろん男の頭は後ろ頭の半分までは禿げあがっている。まるでデトロイトのようないやむしろアイアムレジェンドの舞台のような高層ビルヂングが林立し土ぼこりが舞う街。「ふぅ。」男は喉元と肺のちょうど間ぐらいから吐き出したかのようなか細く、だが確かに聞こえるような声でそういうと、おもむろにVRヘッドセットを付け始めた。禿げあがっているためか付け始めたというころには装着完了しているお家芸のような見事な付けっぷりである。ツルッと音が聞こえそうなほどだが、あたりに人っ子一人見当たらないとは言え聞こえる音はなかった。今日も昨日と変わらぬ一日の始まりである。

2018年12月。師走のあわただしさと年末特有の気の抜けた空気が同居した空間に男が佇んでいるのが見える。その男まだ髪持ちである。あの頃は本当に恵まれていた、と心の底からそう思う。世に愛されるプロダクトに携わり、忙しくも楽しく毎日を過ごし、そして何より人に恵まれていた。8割てきとーでゆるふわな僕(それは今でも変わらないが)に対しての周りのみなさんの対応の暖かさといったら!忖度というと悪いイメージしかないが、相手をおもんばかる、先回りして考える、助け舟を出すなど、ホスピタリティの塊のような仲間に囲まれて本当に自分は恵まれていたと感じる。その時はまさか自分が「生かされていた」とは思わなかったが、今思えばその表現がふさわしい。毎日この時期に戻って今日(いま)を生きる活力にしているぐらいだ。

その日はなお一層情景を細部まで味わいながら眺めていたが、ふとあることに気が付いた。この男悶々としている。今まではなぜか気づかなかったが悶々臭が漂っている。そういう意味ではない。だがもんもんとしていた。なぜこんな恵まれた環境にいてもんもんとしているのか今となっては分からないし、殴ってやりたい気分だが確かにそう見えるのである。

Why are you here?(お前はどうしたい?)あなたは何の課題(コト)に取り組みたくて若く禿げあがる前の貴重な時間をいまここで過ごしているのか?今あなたがここにいるということは他のどこかにいないということであって。『未来にくさびをうち、今を懸命に生きる。』そんな2019年にして欲しいと本気で願った。付けるときと同じくらい滑らかにヘッドセットを外すと、禿げあがり後の男は今日も悶々と街の外れに佇んでいる。

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