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抽象都市のポリメトリック Ⅲ 野営地

   ⅰ 壁外の汚水溝
上塗りされるだけの脆い世界で
死を覚悟することは簡単ではな
いがめざした都市の外壁の汚水
溝に沈んでいく父親が差しだす
両手にねむる嬰児をうけとった
男たちは眩い月光にみたされる
瞳が泥の奥底で次の夜も輝いて
いたと語り伝えているが更地と
なった大地が記憶しているのは
吐きだされた無常の果実の数だ

   ⅱ 都市の長椅子
たえず排泄する清潔な都市で心
が菱形に角ばっていく蝋面の人
人が訪れる病棟にうずくまる異
形の啜り泣きに耳を傾けるもの
はなく処方箋を手に薬局へつな
がる動く歩道に殺到し角があた
り傷だらけの貌が唾棄する喀痰
の硬質化する長椅子に突きでる
剣山の尖に横臥できない瘠せた
襤褸布が必死に逆立ちしている

   ⅲ 壁外の粘土板
生と死が無言で行きかう水際を
侵すものは分離堤だけではなく
沙浜の朝を映す鏡に乗りあげる
赤いシャツが吸った驚怖の重量
であり縫いつけられた名の虚ろ
な叛逆であり浮かない救命胴衣
の自責であったことは奥の貝塚
から発掘された足形粘土板が記
していたがそれはいつしか消え
波が裸児を揺すっていたという

   ⅳ 都市の偏光板
混濁した視線の先には大画面ビジョン
あり横にも後にも爪先にもあり
おもねる上目があり笑わせる怒聲が
あり涎を反射的に絞りだす記号
があり同じだという安心感があ
り手元のリモコンで切りかわる
指先の画面に開かれる未来の映
像はなくボタンを押し続け電池がき
れて黑く変色しくずおれる彼の液状
化に無数の携帯灯フラッシュが乱反射する

   ⅴ 壁外の収穫期
緑の大陸が砂漠化するのに要す
る時間はわずかだが家や故鄕を
失うには沈黙一つで十分だし希
望が奪われるには心の壞れる音
が鳴るだけでよいのだが閉ざさ
れる門から庇護地まではすぐな
のに縮む世界は鳥の卵より小さ
いのに青雲への視線を編み込ん
だ翼が越えられない壁の際では
あの果実が旬を迎えるところだ

   ⅵ 都市の星眼鏡
夜がかくしきれない彩りの点滅
が照らしだす宴を襲う想定外の
狂雨が傾ける舞台の斜面をすべ
りおちていく様様に平板な仮面
一点照明スポットライトが届かない排水溝に
身悶える理由もわからず汚物に
まみれ下水されていくが金網に残
された望遠鏡がどの星にむけら
れていたのか覗くと割れたレン
ズが指差すのは轢斷された扇星

   ⅶ 壁外の薔薇園
季節外れの雪に埋もれるテント
で輪になって絵を描く児どもた
ちの吐く息は白く血を吹きだす
家族が斃れる画に太陽色の薔薇
が輝くのはいつになるかと空が
おとしたのは掌ほどの牡丹雪で
地肌がうけとめたのはあつい流
滴で地下水脈にしみとおるのは
薔薇の香水で児どもたちが笑う
のは雪達磨の眉がおちたからだ

   ⅷ 都市の汚水溝
傷ついたものは噓に染まりやす
く告発者のいない靜寂で満員の
通勤電車が素通りするホームに
並んで干してある旋回している
着ぐるみは私だと疼く身體を包
む世界の痙攣に脱線する私は再
利用できない屑物として廃棄物
集積場に山積みされ聲もなく零
落し続ける私は野営地へ駆水す
る壁際の汚水溝に浮かんでいる

【AN0DJB2】

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