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茫洋とした汀にひたすら拾う者がいる

茫洋としたみぎわにひたすら拾う者がいる

足は濡沙ぬれずなに沈みたちまち乾き腰を屈め
波があらうものを掌にとり立ちあがる

夕方には遠く沖を見つめ風のこえをきき
二日目、埋もれた石を集めて堤を築き
翌日、漂沙ひょうさを捉えた浜で投壜を摘んだ

蓋をあけ耳でふれ幾度もうなずき返し
海面うなもにひかれる月の帶に小壜をもどす

その聲を受けとめるものの遙かな責務

白化した流木を抱え曳きずり、組んで
夜通しくみあげ、彼はみぎわに塔を建てる

視水平は後ずさりして海の秘密を曝し
だが半球のうらを見せることは拒んだ
直角が越境し円関数が瞑目するからだ

狂濤に打擲ちょうちゃくされる船が、積み荷をすて
三等船室の住民から順に、抛っていく
赤道のはてで起きるそれを波はつたえる

干渉し交響する叫びに揺れる堤上の塔

浜際には血臭ちのにおいを遺す端切が積みあがり
散乱する手鎖足枷は金属音が止まない

共振する彼の身體からだを巻貝の聲が靜める

彼は塔をこわし故鄕をのぞむ墓を造り
りんの透るしじまの中ふたたび塔を立て
波間のシリウスをあつめ燈火を焚いた

彼我を往き来する波の昇降流転と修羅

今宵は銀貨二枚の児らの肌着が漂着し
再び塔を崩した彼は帆を編み舟出する

しばらく経った冬至の冴えた夜の海の
水平線より少しうえに一つまた一点と
星が瞬きはじめ、島島に灯を放つ塔を
彼がたてるそれを、人人は舟座と呼ぶ

【21A25AN】

【御礼】『詩と思想』(土曜美術社出版販売)2021年7月号の読者投稿にて、北原千代氏より入選をいただきました。心より御礼申し上げます。なお、掲載後に推敲のうえ、本詩の一部が変更されています。

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