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翅ばたくたび舞いあがる細氷の輝光

翅ばたくたび舞いあがる細氷の輝光
咳きこむほど詰めこまれ浮遊する
凍結した漆黑の死臭分子
釘打ちされた黑柩に横たわるものはすでになく
その名が最後に呼ばれて久しく
溜めこまれる透明な寒流が
無言のまま凍洞の氷壁を削りつづけている

たえず何かが起滅する暗闇に
渦巻く鎖を翅端に牽連し
さけび聲もなく乱流に弄ばれる私たち
時おり途切れる飛翔軌道に頽れ
不在となったものの氷結した因果をたどる

それは
氷河を遡上すること
砕氷とともにくだること
あるいは
氷塊に輪郭もなく刻まれる貌の峻冷な
あの滅紫色の唇に翅をとめ
わずかに開いた口の端と俯く薄目に視線をあわせ
未だ届けられていない言伝を読みとることか

青鈍あおにび色した氷室の奥に垂下する絲より華奢な線条に
身を預ける色取取の繭
その純朴な自壞は
冷酷な時間に抗するただひたすらの変身
連綿と語りつづける他者への転移は
苦悶と恍惚をその鋳型に彫琢する

希望を壊乱する凄惨な氷穴
時が蝕み立ち枯れる凝氷ひこりの列柱
繭を編まぬものが自らを縫いつける架空
氷柱に反りかえり力尽き幼翅を垂らす蛹體
寄生蟲に喰いつくされ礎石に四散する外骨格片
その先には広場の凍土を覆う柱時計の大量死
触れることのできない渾沌が幻惑する

展翅板をおさめる桐箱の積み重なる氷窟の
狭隘な迷路に
美しく飾られる
計画的な集団殺戮の
隠される企図もない顕示
触角の張る左右対称に開かれる鱗翅は
玉針が献上する錦の踊姿絵
揚力をうまない虚偽の姿勢は
抵抗できず伸びきった彼らのための平伏
黄ばんだラベルに書記され削瘦さくそうする忘却は
凍死する世界への注釈

酷寒に耐えきれず氷湖は破斷する
氷泡の上昇を内にとどめる厚い氷板が衝突し
氷原に轟く口蓋破裂音
壓しひしがれる標本箱の氷面に
亀裂がはしり
氷点を越えてなお嗜眠せず
心を占めるものが縮翅をひろげ蠢きだす

私たちを見あげ
翅をたちあげる死蝶
いちどは針止めした玉針がペフ針刺板に倒れ
浮きあがる彩紋の揚羽
群れる古木が五色に染まりだす

氷野に流れる貌を閉じこめる蓮葉氷に
千にいくつかの割合で芽吹く氷華
方向と均衡のないこの世界で
華に擬態する死貌に
翅の記憶がいざな
花蝶文金襴のあでやかな双翅の舞
永遠に飛びつづけることのできない私たちの
たとえ言葉をもたないとしても貫く純真

わずかな躊躇いが
軌道の振舞いを激しく変えるあやうい踊翔は
渦をつかまえるのか
渦にとらわれるのか
その一瞬の姿勢が行き着く先をとりかえる

わずかな風をうけ復燃する
死灰に潜む焰の
たちまちもえあがる焱柱を回旋する刹那の遊尾
時の後衛と前衛を重ねあわせ
西と東の道を繋ぎあわせる私たちは
ひとときの旋舞に
脱自し
愛を交し
無礙となり
此方と彼方へ旅だち忽ち双舞する

楕円に結ばれる彼らが産む金剛氷片ダイヤモンドダスト
抜身の冷刃を無道に打ちあう世界に
恍惚として
降り散り
積もり
埋め
雪氷に落華する
翅の際からとけだしていく

ずれている黑い柩蓋
その隙間から
舞いあがる幼蝶
影をつくらない光が大地を遍く照らしている

【23L05AN】
*画像はImage Creatorにて筆者作製。ただし、AI生成画像を無条件に支持するものではありません。



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