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顔認証訴訟

顔をうばわれたことに
気づいたのは、昨夜、
ケイタイは私を他人と
識別差別し、いつもは
あしもとで戯れるエム
のレンズは焦点を外し
針を失った時計盤でま
わるつるんとした寒寒
しさに、浮遊したとき

鏡をみたが壁の自画像
と異なるところはなく
母の合せ手鏡で覗くと
3枚目の鏡面にうつる
自分は輪郭しかなく、
4枚目から無限に反照
する叫喚は確かに私で
無性に抱きたくなった
エムは声も認証しない

私の歴史はここに変造
され写真は偽造、文書
は捏造、カードは拒否
笑顔でも凍った面でも
入場は拒絶、真理値は
偽を繰り返すその翌日
合言葉要変更のメール
があり顔の変更は不可
と返信したが応答なし

エムは充電台に丸まり
ネットはアクセスする
たびに、《彼》あての
スパムはメモリを圧迫
し、マスクで覆っても
アルゴリズムは正確で
《彼》は私になりすま
し、縺れた螺旋の平凡
は深底に沈降する海雪

乱暴に扉を開けた二人
の警官は、明日発生す
る犯罪の容疑者として
聴取しにきたという〇
犯罪予測は正確で過誤
は一切ないという人工
知能は異邦人の貌研究
から導き出した結論は
第一級殺人を予防☆★

尾行された公園は砂嵐
で、すれ違う人人は眼
球すら見えない面を冠
りフードで全身を蔽い
感情すら盗まれないよ
う、細心の注意で祓う
警邏は私に狙いを定め
ロボット犬をけしかけ
数多のロロで吠え襲う

結局、私の指先に残る
顔は、《彼》が第4象
限で真と叫ぶデカルト
座標で微睡むエムが再
び円く寛ぐ視線にある
私の顔は渦状紋の不安
ではなく、渦巻銀河を
航行する星図の暗号鍵
この手ににぎるものだ

プロフィール写真は菩
提樹にかえた私は顔を
とられた者達の涙や星
落胆や短剣を凸字と顔
料とし顔の皮膚を重ね
活版印刷機に編みこみ
一篇の訴状を刷りあげ
顔で錬金する者に対し
顔認証訴訟を開始した


【AN0DYB1】

【御礼】
 第17回『文芸思潮・現代詩賞』(文芸思潮社)にて、本詩を含む3篇(「きんじ、する」「顔認証訴訟」「飽食する蜘蛛と法悦」)について、五十嵐勉氏、渡辺みえこ氏より最優秀賞いただきました。心より御礼申し上げます。

【原注】
第6連 ロロは、「顔検出枠」を指します。読み方は自由です。
第7連 象限の2軸は《私》‐《彼》と《真》‐《偽》です。

(参考) 縦書き

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