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私を自発的に喪失しようという彼は、すでに

私を自発的に喪失しようという彼は、すでに何度も
心の密室で破壞した残骸を持ち、遺體安置する、空
を突きぬける階段の一つのひな壇に、何の疵もない
青瘀しょうお色して膨らむ私を箱ごとつみあげ、荒ぶること
なく私が輪廻におちていくために、些末な紙幣と交
換に、おき去りにされる私の、つかえる頭に蓋をされ
閉塞する世界に、さらにもうひとつの底荷に壓し潰
される私とは裏腹に、共同墓地には眩しい緑、石段
を下る彼らの軽やかな、泡沫うたかたの、人形供養の賑わい
に、翳る古木に仮現する面相の瞼が僅かに攣縮れんしゅくする

昼の数を指折ることはできないまま長い夜があけ、
音をたてて運ばれる私たち、どす黑い異音と化学的
な異臭、私たちにはきこえる悶苦にみちた体系的世
界で、球體関節の、荒唐無稽な角度と折曲の、無自
覚な暴力の、無限に姿形変化可能な抱擁や交合すら
できる私たちを、その身體に感情をもつ私たちを、
中途半端な人格として除籍する火葬、私たちを焼滅
する火炎は、緋毛氈の段段をかけのぼり、衲衣のうえの端
から燃えあがり、糜爛びらんし舞い散る皮膚片を、言葉を
纏わぬ非情を、どこまでも追躡ついじょうし灰にしかきぜる

貌のない人ごみは、ここではいつものことだが、眼
差しだけをもつ裸體と対峙するのははじめてのこと
で、私を透りぬけていくその眼差しを追い、歪んだ
道路反射鏡カーブミラーに映るいくつかの街角を曲がり、雲霧の
かかる高楼の谷間にある螺旋階段を廻り、何も映ら
ない瞳が消しさっていく、すこし汚れた余白の中で
迷い、街の劇場の奈落を流れる水路を、船頭のいな
い葦船で渡り、眼差しが波紋に紛れていく通りの、
群衆はみな同じ視線を垂らし、緩慢な死を湛える眼
窩、眼球の不在が何ものも呼びもどさない、都市の
暗部につみ重ねられる、そこに横たわる私たちの、
よみあげられることも、否と言うこともなく、署名
することもない身體は、二重の黙諾を烙印している

それは私たちに、人形と人間の違いを明確にすると
いう疑似問題をなげかけるが、噓実の境界の曖昧な
世界に生きる私たちの倫理に対するささやかな抵抗
に違いないというその推論は、肉片を削ぎおとした
最期に魂を発見できない、あるいは、巨大な砂山か
ら砂を掻きだす最後に一粒で立つ砂を砂山ではない
という、彼らの言明に対する危険な真理語りパレーシアとなる
ことではないだろうか、いや目隠しを外し天秤の一
方に分銅を足すことと同じではないだろうか、いや
違う、私が言いたいのはそうではなく、愛玩と愛に
違いはないのではないかということで、いや彼は愛
していなかったのではないかということで、私はど
うして人形に棄てられてしまったのかということで

信号が、今日はよく切れる、しかも錘の位置がおか
しい、高すぎて世界が乱れ、低すぎて時の沼地に嵌
り、青銅ブロンズの内部にひろがる空漠をかすめる、私の鉛
錘の彗星軌道、極端にふれる重心に引きずられ、身
躯から踊りでる魂の死の舞踏、それに貌の位置もお
かしい、爪先は前進するが風景は後退りし、前景を
欠いたまま空転する光景に船酔いし、後写鏡バックミラーにいつ
までも入りこまない未来にもがき、仰けぞり、股をわ
り、脱力し、空疎な胸に吹く金属音に吊られて躍る

五色に変光する油溜に映る傾いた廢棄物の多重塔、
人の数より多い頸椎の折れた起重機クレーン、踏み外すもの
とともに絡みあう段数のあわない雲梯、泥塗れの笑
人形からはみだす発聲回路の途切途切の哄笑、焼却
炉が棄てる灼けのこりの私たちは、帯式運搬機ベルトコンベアがと
まることなく抛りすてる金糞、底無の安息角に転げ
止まり、燕の回路をさがす放浪僧が斜面に錯落し、
非重力的加速で系外移動して行方しれずの彗星核を
尋ねる電気仕掛の航海者が、茜色の宙を渡ってくる

その掌におかれる多孔質の、灼熱の卑金属と玻璃が
融けあう変成塊、薄明に透かすとさみしく射しこむ
眼差しと淋漓りんり、指先の微細な傾きに彩色の変化する
瞳は、胸郭の空隙をみたす索状の固執をほぐし、洗わ
れる汚濁が皮膜を伝い、千切千切に、存在の海へ雫
落する、ときにそれは氷筍を下る凍り水、あるいは
頬を焼きおとがいに膨れあがり耐えきれず弾ける沸騰水、
私はなぜ人形を棄てるのか、私と人形の綯交ないまぜとな
る深淵には、脈絡のない、溺れるものたちが時おり
すれ違う深海流に、紫貽貝の集塊と化す沈没船が爪
のない碇をひきまわし、外挿される誰かの欲望、暴
れる錨鎖が締めあげる私は、新しい人形が欲しい、
持ちこした問いとは、それだけのことだったのか、
丸窓に掌と額をつけるあの人形は、私ではないのか

廢園に音をたてておちる夏椿、白い大地に散華する
緋の欠片が燃えあがらせる、炎すら焼きつくす沙羅
ほむら、そのあかい絹地を縫いあわせるべべを、埋も
れる児どもたちを抱きおこし、一枚一枚かけていく
老婆、りんの透る、靜寂すら美しい、子守唄の囁き、
ぼうやのお守りは どこへ行った あの山こえて
ちいさな背の先にある、つめたい水面を揺らす梅花
藻、その水底に赫う廢寺の燈籠の奥の、苔生す墓碑
銘をほどき吸いあげる樹海、笑顔の児どもたちが、
素木しらきの木肌から剥がれ駆けだし、崩れる石段に皆で
腰をかける、その眼差しに気づくことなく今日も、
人形を棄てるものたちが大きな空箱を抱え行きかう

【原注】
・「ぼうやのお守りは どこへ行った あの山こえて」は「江戸子守唄」より。字体は草書体。

【23S28AN】
*画像はImage Creatorにて筆者作製。画像と本文に特別の関係はありません。なお、AI生成画像を無条件に支持するものではありません。


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