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私が水を遣るとき彼も水を遣る

私が水を遣るとき彼も水を遣る
彼はいつも同じ姿勢で如雨露じょうろを傾ける
砕けた鏡と苦土蛭石バーミキュライトの庭園に二色の虹が去来する
ここには何の種が埋められているのだろう

長椅子の両端に座る二人は同じ壁をみている
三枚の摺硝子が交わる立体窓のその先を
動かない半身とぬり潰された眼でみつめる
窓のあの汚れはいつ消えるだろう

隅にあるアクリル張りの艇庫で彼は
不可能瓶に帆船ボトルシップを組みたてる
腕より長い銀嘴ピンセットをさし入れ天井を貫く帆柱をたて
この強い風はどこから吹いてくるのか

帆布もないまま嵐に揉まれ弧島の目前で
倒れる独楽こまの垂直軸天辺の見張台から堕落し
硨磲しゃこ貝が片脚を咬む彼の右腕が
荒波の浮標ブイとなり
廢園に佇む単色の水盤は誰を癒すのか

越水の泥跡を染みつける壁が
ふたたび揺すられる
あお向きになりうつ伏せになり
如雨露の傾きは同じまま彼は水を遣る
なぜ私はここに避難所をつくらなかったのか

長椅子から抛られる二人は
十字に七字に位置をかえ
化粧石に混じる琥珀が封じる裸蟲の瞳にうつるのは
あのとき私がみた島から島へ渡る群蝶の道
別の扉をあけてしまったのか

私の両掌のうえで震えるテラリウム
その私に手をかけ心がかたちを留めないほど揺する
巨人たちの無表情な笑貌
跳ねあがり角に積み重なり怯える
指先人形ジオラマフィギュアたちの開かない瞼

もう水を遣りすぎることはない
彼とむきあい私も如雨露を傾けたまま浮いている
大きな口が吹く爽やかな猛火と噴水
貌の塗装とおなじくうすれていくものがある
わたしたちがどこかにうえた種の名前だ

【22D12AN】(「煌びやかな悖理」よりⅡ)
*画像は「Stable Diffusion」にて筆者作製。画像と本文に特別の関係はありません。なお、AI生成画像を無条件に支持するものではありません。


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