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抽象都市のポリメトリック Ⅱ 筏

    ⅰ 水没都市
疾呼する鐘の聲は伝わらず大時
計の振子がかきまわす海に都市
は口をあけ両手をあげて沈降し
摩天楼タワーは海中にゆらぐ藻森とな
り灯りの消える丸窓の一室で抗
うことのできない寒流の刃に自
己との一貫した繋りを削ぎとら
れる貌と貝殻の柩で抛擲され北
へ漂浪する真珠色の心は証言台
に立つときなにを語るだろうか

    ⅱ 南方船団
深く没していく街の交差点に穿うが
たれる漏斗の渦に連れこまれ乱
流の縁から縁へと投げだされ首
を前後にふり浮き沈む電波塔に
次次と座礁する船団のひきちぎ
られる残骸は波間に烏合しまば
な寄木となり漂流し吹きよせら
れて筏が組みあがり波濤の頂き
で崩れ谷で重なり溺れるものた
ちと岬をまわり視界からきえる

    ⅲ 生存戦略
泳ぐ力の残っているものは天の
絲にしがみつく執念で浮體に匍
いあがりその衣服や髪毛にかじ
つくものは絡みあう蛇玉となり
その脚にすがるものは幾筋もの乱
れた蛇の尾となり怒濤に洗われ
る浮木の縁で見知らぬものどう
しの足の競りあいは蛇髪を切り
すて蛇子をえぐりだし座席の数に
あわせる脈絡のない夜が過ぎる

    ⅳ 翌日
深淵にとどかない錨をぶらさげ
舵もない板舟で遠ざかる水平線
に何度も聲を荒げ天に白い梯子
をみつけるものや地に黑い階段
をみつけるものが去り喉の渇き
にくるしみ海に井戸を掘り鹽錆
びた剣を突きあう底のぬけた釣
瓶をめぐる争いに戰利品はある
はずもなく古戰場に蠢くものは
切れた絲をいじくる傀儡くぐだけだ

    ⅴ 数日後
骰子さいころの最後の凹を這う蛞蝓なめくじを襲
う飢餓は用済みの水夫で魚を釣
ろうとするが口に入らない針を
喰う魚はなくいつまでも狭間に
上下する浮きは深緋ふかひの波濤に尋
ねるだろうこれはいつまでこう
しているのかと鹽水より軽い魂
は宙へ飛ぶには重すぎるのかと
人影の絶える筏に陸貝が殻とと
もに脱ぎすてた希望は干乾びる

    ⅵ 或る日
ひんやりとする指腹が瞼を塞ぎ
しめった甘い香りが頸筋に触れ
三日月の利鎌が斬りおとすくび
一瞬の喪心から還り仰ぐ星のな
い海に水浸しの格子である筏は
風浪に崩壊し支離滅裂な一個の
木偶でくとなり流藻ながれもにまぎれ海流に
のり大洋に迷いひきあう漂流物
の集団のなかで真珠色する仮面
と交雑し紅玉の卵を産みちらす

    ⅶ パレード
徐徐に照明を失いまもなく閉鎖
される水族館で溺れる剥製を飾
る花電車が闇の境界まで幾重に
も混線した軌道を熱水鉱床の吹
きあげる紙吹雪をあびて游泳す
るが海にとけこんだ地上の記憶
のうちどのような偽証や破約が
結晶し地へ隆起していくのか色
あざやかなネオンの海月はしら
ず漂いさり海雪はただ埋葬する

    ⅷ 沙海
褶曲した深海が干あがる浜辺に
児どもたちが未完成の沙の城を
放りすて釣糸の巻きつく双魚が
力なく二度跳ね屍肉をあさる怪鳥
がその時を待ち死貝が打ちあが
り潮風が愁訴する丘に露頭する
仮面の斷片で編まれる筏の化石
のかたわらで時おり喚く望楼の
サイレンはかつて漂流したもの
の帰港をしらせようとしている

【21D09AN】

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