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偽軌道上の構造体

     星を無くした夜空を見あげることはなくなったが、それは地上が
     明るいからではなく、私が暗く閉じられているからでもないが、
     見あげるという動詞が現代言語全集コーパスから抹籍されたとき私もふる
     いおとされ、突いた拳と膝の間に星の燃滓もえかすを探すが、同時におち
     てきた記号の塊で、一瞬で平たく延ばされ穴のあく円盤となり、
     少し伸びあがり持手付珈琲椀コーヒーカップに位相変換した私は、半球を伏せた
     天文投影館プラネタリウムで、新月なのに星座が輝かないその廢墟で、私が拾い
     あげる灼ける礫片は、朱い貌を膨らませ、指の間で急激に燃え尽
     き黑くこぼれおち、火球のない紙縒こよりが、珈琲椀にくねっている

 Ⅰ トーラスコア

かるい眩暈めまいがおちつくと
私は視線だけになっていて
いくつもの視線だけになっていて
梯形の世界が八方から瞬時3fpsに私をすり抜けるが
私は何をみてその後どうしているのか
透明な幾人もの私が珈琲椀の内側に増殖していく

天井から突きでる眼球
椀の回廊や部屋を俯瞰し動くものにズームする
私と同じものを別の私がみることはなく
重ならない私たちの斑な視界
直視するが凝視しないその視像
莫大な平面記録はひと月だけ存続を許される

瞬きしない透鏡レンズの汚れまたは罅割れ
指揮区に集められる幾種類もの感応器センサの喧騒
頻繁に異常値を検出する赤い私たちは
怒聲とともに初期化される
生まれかわる私に記憶はない
だが使い回される身體は時時異様な不安に振動する

壁一面に貼りつくモニタの閑けさ
其其の右下隅に散散さんざんと生滅する時刻
ノイズが振りつけるまま無音で狂い舞う七画デジタル数字
照明の落ちる深夜の実験区にひかりだす試験體
標本瓶の腐魚に突出する巨大な口腔に
溢れでる言葉を私はみている

その翌日
回転する赤滅灯に誘われ
どれひとつ戻らない肢脚足
多くの私が目撃する椀の騒乱
動力区から断断だんだんと大聲で沈黙していくモニタ
真先に放棄される指揮区に逃げおくれる会話装置ヘッドセット

予告なしの重大事故訓練との緊急放送
誤報に沸いた泡がはじける
私たちが見せられているものは現実フェイクでも映像でも
模擬でも絵コンテでも何でも予斷を裏切らない
裏切るはずがない すべて制御コントロールされているのだから
遊戯区では食べかけの宴会が再開され
常軌を逸する靜寂が居住区を蓋う

二重に閉鎖されたままの動力区の私の
壁の振戦ふるえが増幅する手の打ちようのないしびれ
解像度限界まで拡大し見いだす刻明な凶器
そして傷傷傷
誰かが塗り隠す瑕瑕瑕
足跡に似る金絲雀カナリアの死骸が幾歩か潰れている
折れた配管に両眼を貫かれるふくろうが床を叩いている

珈琲椀の持手は零にみえる
その中心に在る彼此の連なる空虚
その黑穴をうめる塞栓
私たちはふたたび壞れていく
存在の重篤な危機
かるい眩瞑めまい
火のつく紙縒りがまた落ちたのかもしれない

 Ⅱ カジノルーム

   斜交する重力に抗い私は錐面をはしる
 殺気立つ目線が撃ちこむ砲弾や金貨を越え
    刻まれる数字の虚妄に陥らないよう
     円盤に貼られる始点のない直線に
       数えきれない結び目をつくり
          壁のない迷路をかける

        ベットするプレイヤの舌は
           床を打ち天井を撥ね
蠱惑する遊戯マットの直交座標を突きやぶり
      あいまいな確信の視線のさきで
 強欲な緑に囲われる赤と黑の晦冥の回廊に
    遁走する私の尻を執拗に舐めまわす

   仄暗い舞台で肩を押しあいすれちがう
     仮面の眼孔はみな鋭利な三日月で
  無限に退屈な口元を瘦せ細る長爪で隠し
       昂ぶる快楽測定回路の波長に
         同調し光輝する水晶体が
 黄濁する不安を烏羽からすば色の希望に錯視させる

        ランダムである軌道世界は
    裏をかく投企を咬み砕く永劫の乱雑
      確率支配の転覆をこいねがうあなたは
           あなたの数に賭ける
 二度つづけてその数が出る蓋然性は1/1369
   あしたには銀河の星すべてをすってしまう

    蹌踉よろめくたび横滑る青碧の格子マット
  熱狂を口どめする«ノーモアベット»賭けはここまで
早早に悲観する眼球はチップの階段をのぼり
        ミラーボールにぶらさがり
   紙吹雪く「死亡診断書(原因不明)」
 たぶん何度目かの死ひとつしかない人生の

  祭壇の供犠に掌をあわせるものはいない
    ゆらめく蝋炎のうつり火が背を奔り
     弛緩する貌に転寫される盤面の噓
      飢える存在が貪る升目との絆は
誰かの不幸があなたの祝杯をみたすゼロサム
  風むきを見あやまる炎吹ひふきの火達磨が躍る

     幸運と破滅が混濁する灰色の回転
           上下する木馬の乱交
      円卓の中心に渦なす饒舌な自壞
    饐える石膏像に足長クラウンが躓き
 ポケットに跳ねる翼痕の消えつつある私を
             磁力で操る胴元

      紅白縞のジャグラが落球を追う
        私はどの数にも顛落しない
          走駆自身となれるのか
           この墓船が沈もうと
            時空が潰れようと
     おとりである私は偽円軌道を直進する

 Ⅲ ライフボート

凄絶なまっすぐに張る火の肩
濃藍の雲と朱殷しゅあんの海に梳く切れ髪の飛散
         ほら いっせいに輝滅し
みじかく揃う消えぎわの刹那
軌道制御を失う彼らは
        ねえ みな燃えつきていく

           警報は止めましょう
    別の解をもたない朦朧とする世界の
トーラスの廻転がおちている
          浮いて流されないよう
むすび合おう
        救命衣はあとにしましょう

自他の希薄な無重力に戯れ
離れるとからみあい乱れるとつつみこみ
まわりはじめるとどこまでも蛇行し
なめらかな波形のまま漂う聲が
くぐもりかがよ
              正対する螺旋

母船の退艦警報だ
           この姿勢ではむりよ
       ごらん コロニが射出される
ドッキング孔がはきだす無数の宇宙服
膨れる熱球
光速の叫喚が3Kケルビンの真空に凍る

         わたしたちの港はみえる
この周回軌道が照らすことはない
       未来にむけるまなざしのまま
ふり返ることはできるのか
瞳孔に心の顔をうつしあうこの異軌道なら
四方に亀裂がはしる窓に闇を焼く火焱の噴流

指先が分枝し腰を被う粘菌状の網路
もつれる身體から一本一本繰絲する絲球
蝶であることを忘れる青蟲とならないよう
吐絲し白い泡に封印する素数鍵
          わたしたちが託すこと
              ふねを編みあげ

生きる悦びを伝えること
      記憶に終わりはあるのだろうか
隔壁を沁みとおり渦まく気房で夢みる鸚鵡貝
海百合がゆらぎ海馬がいななく星間航海
            ふたたび息をつぐ
眼前する微視世界の無慙むざんな豊穣

曙光を貫く檸檬色の曲線
           見あげるものがいる
旅の終幕にはじまる創世の革命
鍵をもち球體の外殻を裂き
大地と火と水と交感し
たちあがる私と
視界に離散する繭より歩みでるものたち

I【22G14AN】
II【22L31AN】
III【22G07AN】
*画像はImage Creatorにて筆者作製。画像と本文に特別の関係はありません。なお、AI生成画像を無条件に支持するものではありません。


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