夜の半球で軌道がずれた黄道を
夜の半球で軌道がずれた黄道を、陽は真直ぐ
進み偽道に堕ち、東の空の昇りかたを想いだ
せないでいる まだ昏い水平の一線をめざす
鷗は、紺青の穹に針止めされてなお羽搏き、
打たれる天蓋が、破鐘の号哭をあげ、海図に
外洋航路をひく航海士は、三角定規をあてる
羅針図が凋み、幽霊船の航跡をなぞっている
逆巻く海風は、黑衣をくりだし、冥海に浮か
ぶ構造物を消沈させ、水際を紊し、沙塵を巻
きあげ、大量の反吐を吐き、大地を鹽づける
影を欠く街に無数に立つ鹽柱 人のかたちを
した空洞 存在の限りない希薄と疾風の轟
履き主を攫われた靴が、片足跳びに失敗し、
起きあがることができないでいる 抱き主を
奪われた縫いぐるみは裏がえり、石畳の割目
に嵌った貌を外せないまま尻尾を振っている
窓におりる鎧戸は凹み、折れまがり、二度と
ひらくことなく、昨日の光が瘡蓋となる膿む
部屋に、のけ反る床板が凍りつき、掛時計の
秒針音が、氷砂となって不自然に降りつもり
微かな聲をあげ、額縁から傾げる群像画 闇
を開く直角三角形の奥から覗く彼の、隻眼に
反射する赤い光点は、私を斜めに素通りし、
そこにあった椅子と円卓から軋みと拍動が、
花瓶から旋律が、鏡から輪舞が剥落し、表情
を消しさった、黴くさいアップライトピアノ
釘付けの痛みにたえきれず、鷗が次次に喚く
岸壁に衝突した貨客船が目抜通を壊して走る
船底に取りつく短い裸足が整列して襲歩する
砕潰される狭軌 すでに不安定な、不確実な
私たちの、百千の物語が縒りあう獣帯の星た
ちの遁逃に、世界の暗澹に、気づかない傾眠
むきだしの異形鐵筋に吊られる犬が遠吠する
その聲も届かない黝い海の底に、粗末な竜骨
が、脛骨や距骨、踵骨とともに行き斃れてい
る 壓し曲がり海溝に突き刺さる軌道 焼け
爛れる操舵室に縮む太陽 何があったのか
この世界の裏側で あなたはいま独りなのか
ならば私は舟をだそう、黄道の修復に向けて
【21G15AN】
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