私たちは、いやもう一度訂正しよう、私は
私たちは、いやもう一度訂正しよう、私は原拠なく
生まれるものではないし、亀裂のない目蓋のうちだ
とはいえ、弱さゆえに世界が昏いわけではなく、深
海に滲透する星影をすでに肌は感じているし、歩行
の始まりがいつとなるのか身體は記憶しているし、
反復する呼吸に終わりがあるとおり、或日やってく
る未来との遭逢が、無垢な幸福であるのか天賦の受
難であるのか、最初に射しいる光焰が私に彫刻し、
その後何度も切り開かれる傷口が生きよと言うその
光景を、私自身が予め知っていることに驚いている
*
そして私たちには自明な、しかし、或るものにはす
でに想起できないこと、それは、私たちの始まりは
連星系であること、つまり、私たちは二者として一
命を得ること、それは、一つの身體に八枚の翅をも
つ孤蝶かもしれないし、一個の繭に双體を重ねる玉
繭、または、一つの揺籠にねむる双身の嬰児である
かもしれないが、それは意識とともに斷続的に芽生
える不安をかきけす愛、笑みとともに麗らかな水際
で自身の影の先を追う遊戯、それを失うと直進する
危険な迷走を押しとどめる背後からの抱擁、すなわ
ち本源的双胎性が、私たちの生命の軌道なのではな
いのかと、そのただ一度の出来事に触れる世界をあ
りのままに物語るのは、瞑った瞼をもう一度押しあ
げ瞠る、あけようとする門取手を握る私の手の触覚
をもう一人の私の掌にゆだね忘却に抗う、つまりあ
なたとともに在る倫理なのではないだろうか、そし
て実際、私たちはいま無二の二人としてここに在る
*
しかし、私の意思と異なる意思が存在するというこ
とは、ちいさな創傷、始原に存る暴力の痕跡である
かもしれず、だが誰もが欺きあう世界に産みだされ
るとしてもあなただけは欺いてはならないという赤
い文字を織りこむ最初の約束が拍動をはじめる始座
をもつにもかかわらず、誕まれるということは誕信
であり誕ること、それは世界の涯で崩れつづける岬
の崖にはためく黑い帆布、その場所と私たちとの間
の限りない隔たりは、仰向いて漂流する船時計の鳴
りやまないさざめき、ことばのようでありことばで
はない、どの方角からも響きわたるすでに在るあの
言明、そこにある私たちの貌と身躯、眼差しの闇を
必要としない交転する向きあいを、もともと意味す
るものであろうことはいまの私にはわかる気がする
*
聴覚では捉えられない波が不確実な写像で私たちの
姿形を粗雑に点描するとき、背の甲骨から伸びる體
肢の先の両掌に、互いを包みあう雨覆や風切羽を認
めるとき、どのような角度からも明瞭に映るそれを
翼と誤認することはやむをえないが、私たちが飛翔
する一瞬をみることはできるのだろうか、私は生ま
れ墜ちるからだ、そのときすでに私に前翼はなく、
群青色する空へのまっすぐな志向は、指先が水辺に
痕付ける最初の記号を書きおえる前に洗い流され、
こみあげる悦びの聲は舌根より幽門へ一息で下り、
柩から掘りだされる空蝉よりも、自己の境位の曖昧
な消えいりそうな、弱弱しいまでの私たちは、何か
を編みこみながら新たな繭殻を心に築くだろうから
*
もちろん、まだみたこともないあるがままの失意を
語ることなどできない、私たちはいま、死者が最初
に語る真実とは異なる純粋な熱意、生命が最初に発
することば、というより発話、いやむしろ応答とい
う希望を互いに紡いでいるのであり、水に浸かった
聲帶が明瞭な聲を発するわけはなく、あなたとの間
の距離のない波動や身體に触れる意思への気づきと
いう驚きのまま、頬を寄せうまれる星の輝き、真空
が揺らぎ現れるのは物質ではなく魂であると確信で
きるほどだ、だから出会ったこともない何ものかが
橫切り、乗るもののいない小舟が黑浪に没れ、私の
拍動だけが鳴動するきいたこともない沈黙、応答の
ない呼名、翼の陥没、斷絲 空絶 訴 ?!; 叫
*
羸弱する不規則な振動、小刻みに伝わる私のもので
はない私の劇痛、この世界が身動きできない柩とな
る緊縛、身體境界が粒状化し、自己への凶行、、、
楽譜の即興小節に突然書きこまれる全休符、逆流す
る胃から溢れだす沙を吐き、去り行く私への弔辞を
よみあげる、そこにある無心の死塊、指先はとどく
が触れることはできない、非在である私、腐ること
なく自壞し時間を遡る双胎、私たちと生命の接面、
風が 誰がうたうのか鋭利な揺籃歌、疵口を開き縮
んだそれを焼灼する術式、刹那に響くみじかい聲、
靜かな痛覚は、吸息する私の創痕に耀う睛、透明な
渾沌に在る柔らかい触知の音律、水平線にかくれる
半球が捲れ私を包む深い襞、白い匂い、夜の汀渚を
あらう脈動は、潰えることのない窈い衝動で世界を
みたす、波間に鳥が啼く、掌が握る毟りとられた羽
*
いや違う、私が攫んでいるものは、身體が隠しもつ
兇器であったかもしれない、何のため、あの苦しみ
がいつまでも続かないようにするために、または羽
が世界の境界を越えないようにするために、いや、
訂正しよう、そうではない、世界が私をみうしなう
のではないかという凜慄、そこにはいないが呼びか
けてくるものがまだ到来していない現在を否という
疼き、いや違う、見つからない言葉の代替物で世界
と私を硬直させないため、私たちの創痍を瘡蓋が覆
い隠さないよう切開し続けるため、私が私であろう
とするものと出会うため、いや、不自由な言葉で自
己を語る自身を切りすてるため、あなたがいるとい
う意識を尖く突きたてるため、だから、あなたはあ
なたでいるために、無心となり、私と不二となるに
ちがいない、そう、無心となるのは私たちの世界だ
*
しかし、時が満ちれば私は自身を吐きだす、第三の
痛みは母とともにあり、新たな切離において私は、
羽もなく帰るところもなく這いだすものとなり、双
胎の縒絲である臍の緒を、祈りをこめて綿に包む女
の桐箱を船荷に終い、出帆し、座標を欠く海洋で日
の軌道を追い、舷牆の下を流れさる蒼い貌の水難者
や、白波の飛沫一粒一命に影のうつる魂を見おとす
ことなく掬いあげ、私の胸に仕舞いその聲をきき、
繰りかえすことのない過去と開かれるままの未来の
間に存る私たちは、産まれるときになぜ喚びかけ、
去るときになぜ人は呼びとめられるかを知っている
【23G27AN】
*画像はImage Creatorにて筆者作製。画像と本文に特別の関係はありません。なお、AI生成画像を無条件に支持するものではありません。