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人の原体験を書いた文章は強い

本来であれば、本の感想やその本にまつわる話は、一冊すべてを読み終えたあとに書いた方がいいのだけど、きっと悠長に過ごしているうちに、今この瞬間の鮮やかな感情は消え失せてしまうだろう。ぼくは今、何かを書かなくてはいけないと感じて、本を閉じてパソコンを開いた。窓の外には、雪が舞っている。

今朝、浅草に向かう電車の中で、写真家・大竹英洋さんの『そして、ぼくは旅に出た。 はじまりの森 ノースウッズ』をリュックから取り出した。図書館の返却期限が迫っているから、少し焦るような気持ちで最初のページを開いた。

しかし、冒頭の「はじめに」を読み始めた瞬間から、もうページをめくるスピードは落ちていた。

ぼくは大学時代から山歩きを始め、自然のなかを旅することに魅せられつづけてきました。人里を遠く離れた山奥の世界は、都会育ちのぼくにとって新鮮な驚きの連続だったのです。卒業後もずっと自然と関わっていくにはどうしたらいいのか。そのひとつの答えとして、カメラという道具を手に取りました。自然に深く分け入り、その先で出会う光景や野生動物、ふしぎだなと感じたことを写真におさめて、その体験や発見を人々と共有していきたい。それが、個人の興味を越え、他者に伝えるだけの意味あるものにできれば、仕事としていつまでも自然のなかを旅できるのではないかと考えたのです。
(「はじめに」より)

彼が「自然」に魅せられ、それとずっと関わるために「カメラ」という手段を選んだのと同様に、ぼくも「旅」に魅せられ、それとずっと関わるために「文章」という手段を選んだ。今は必ずしも旅にこだわっているわけではないのだが、ライターになった入り口は、そこにあった。就職活動をしているときから、「旅と書くことを仕事にしたいです」とハッキリと伝えていた。

このような純粋な気持ち、この先何があっても、また同じ場所に戻ってくるような、その人のなかに厳然と存在する初心のような感情にふれると、心の奥底がうずいてくる。

慌ただしく日々を生きていると、つい奥の方へ押しやられてしまうのだが、ぼくにも大切な、同じような原点があったことを、このような文章は思い出させてくれる。そして、だからこそ、ぼくも原点や原体験について丁寧に描くこと、中途半端な形ではなくきちんと書き切ることは、それを読む誰かにとって意味のあるものになるのではないか。ぼくが星野道夫さんや植村直己さん、そして大竹英洋さんから「何か」を受け取ってきたように、ぼくもその「何か」を、誰かに渡せるかもしれないと思うと、たとえこの感情が明日にはまた薄れてしまうとしても、今この瞬間は生きる喜びや希望を感じられる。

過去のことについて長々と書く怖さが、ずっとあった。過去のことを書くと、「過去の人間」になってしまうのではないか。あるいは周囲から、「あいつは終わったな」と思われるのではないか。そのような恐れを抱いていた。だけれども、それは書く動機や、どんなスタンスで過去を書くかによるのではないか。「終わった」かどうかは、他人の判断によらず、自分自身がいちばんわかっているのではないか。

ぼくは単なる思い出話として書きたいのではないし、現実逃避をしたいわけでもない。ぼくにとって、旅の原体験や、様々な経験から受け取ったものを書くことは、きっと読み手にとって、何かしら意味のあるものになると信じている。

なぜ自転車旅だったのか、どうして書くようになったのか、旅から何を受け取ったのか。自分の身に起きた出来事や起こした行動、そのとき感じた純粋な感情を、ありのままに書くことは、決してエゴにはならないと信じている。事実、大竹英洋さんが自身のことについて書いた最初のたった4ページの文章が、ぼくの感情をこれだけ揺さぶり、これだけの文章を書かせたのだから。2017年に刊行された本だが、彼がここで書いたのは、それから18年も前に経験した、1999年の原体験についてなのである。

この本では、ぼくがそんなノースウッズと関わりをもつことになった1999年5月末から8月末までの3ヶ月間の旅の話を語りたいと思います。あまりにも個人的なことで、これまで語ることを避けてきたところもあるのですが、時を経てようやく、あの旅が自分の人生にとってなんだったのか、冷静に振り返ることができるような気がするのです。そして、あの旅で出会ったすべての人々への感謝も、いまのうちに伝えておきたいのです。

この個人的な物語のなかに、みなさんにとって耳をかたむけるに値するものがふくまれているとしたら、こんなに幸せなことはありません。
(「はじめに」より)

人の原体験を書いた文章は強い。原体験は色褪せない。だからぼくも原体験を書く。そんな決意の文章になった。

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