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講演のための思考メモ(2)自転車との出会い

中学でサッカー部だったから、高校でも当然のようにサッカー部に入った。しかし練習が辛く、毎日が必死だった。体力的にも技術的にもあまりついていけなかったし、何より先輩からの怒声が怖かった。心が委縮するとプレーも委縮してしまう。そしてミスを連発し、また怒られる。この繰り返しで、精神的に辛い日々が続いた。

高1の夏に「これはもう無理だ」と感じて、部活を辞めようと決意した。でも、部長や顧問の先生に対して「もう辛いので辞めたいです」とハッキリと言えるような性格ではなかった。今にしてみればただの逃げ道に過ぎなかったのだが、「サッカーよりも、◯◯がやりたいので辞めたいです」と言える「何か」がほしかった。

そんなときに出会ったのが、「自転車」だった。

高1の7月、ぼくは毎晩夢中でテレビを観ていた。映し出されていたのは、「ツール・ド・フランス」という自転車競技。

毎年7月にフランスで行われる、世界最高峰のロードレースだ。総勢約200名の選手たちは、23日間かけて広大なフランスを一周する。一日に200km以上走ることもある。アルプスやピレネーの峠を越えながら、総距離3300km前後を走る。毎年コースは異なるが、最終日は必ずパリのシャンゼリゼ通りがゴール地点となる。

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最初はルールや選手たちの戦略がよくわからなかったが、兄と一緒に観ているうちに、だんだん掴めてきた。

次第に、「これだ!」と思うようになった。ぼくは自転車をやってみたい。レースに出たいわけではないが、この選手たちが乗っている「ロードバイク」という速そうな自転車に乗って、長い距離をサイクリングしてみたかった。

それでぼくはある日職員室へ行き、顧問の先生に、「自転車をやってみたいのでサッカー部を辞めたいです」と伝えた。「本当は何か別の理由があるんじゃないのか?」と言われたとき、何も言えず、泣き出してしまった。数分後に「・・・わかったよ」と言われるまで、ただ泣き続けていたと思う。その後、部長にもひと言伝えて、退部した。

そして言い出したからには、自転車をやらなくてはいけない。「やっぱりただの言い訳だったんだ」なんて思われたくないから。

「ツール・ド・フランス」でぼくが魅了されたのは、大きく2つあった。

まず、美しい自然風景である。ヘリコプターからの空撮映像が映し出したのは、ブドウ畑や、絵本の中から飛び出してきたような美しい村、そしてアルプスやピレネーの山々。「こういう景色のなかを自転車で走れたら気持ちいいだろうな」と思った。

もうひとつは、一日に200kmも走れるという、自転車の「可能性」である。小学生や中学生の頃も自転車には乗っていた。しかし、せいぜい隣町に行く程度で、自転車が100kmも走れる乗り物だということに驚いた。

このとき、ふと疑問がよぎった。

「高校まで、自転車で行くことも可能なんだろうか?」

そもそも高校まで、うちから何kmあるんだろう? 今であればGoogle Mapsですぐに距離がわかるが、当時はまだそこまで便利ではなかった。道路地図を取り出し、縮尺を頼りにおおよその距離を測ってみた。すると、片道約15kmだとわかった。15km、どのくらいだろう? あまり実感が持てなかった。

ぼくは高校へ通う際、まず家から最寄駅の新大津駅まで歩いていた。約15分。そして電車に乗って追浜駅まで約20分。そして追浜駅から高校まで、徒歩15分くらい。ドア・トゥー・ドアでだいたい50分かかっていた。

「もし家から高校まで自転車で行ったら、いったい何時間かかるのだろうか?」

16歳のぼくには、大いなる疑問だった。1時間半? 2時間? いや、もっとかかるだろうか?

しかし、いくら考えても答えはわからなかった。母に聞いても、やはり答えは出ない。「車なら30分で着くけどね〜」

学校のテストで問われるのはすべて答えが存在する問題で、大人や先生は答えを知っている。しかし、「自転車で何時間かかるのか?」はぼくが実際にやってみない限り、誰にも答えがわからない問題だった。

部活を辞めてから何日か経ったある日、思い切ってママチャリで学校まで行ってみることにした。それはぼくにとって初めての大きな冒険だった。遅刻は絶対にしたくない。朝6時半頃に家を出発した。「絶対に2時間以内で着かないと」と焦っていたから、ぼくは最初から最後まで、信号で止まっていたときを除いてずっと立ち漕ぎしていた。

無我夢中で自転車を漕ぎ、ようやく学校に着いた。時計を見ると、まだ7時半にもなっていなかった。なんと、家から45分で着いてしまったのだ。

「電車で行くより速いじゃん!」

これには本当に驚いた。そしてこの経験から、ハッキリと物事を学んだ。

ぼくは2時間くらいだろうか? と本気で思っていた。だから、たった45分で着いてしまったとき、いかに自分の予想が的外れなものだったかを思い知らされたのである。

それは、「経験のないことに対する人間の予想が、いかにあてにならないか」という学びだった。ここからぼくは、「何事も、やってみないとわからない」というスタンスを持つようになった。これがぼくの人生において、最初のターニングポイントだった。

それから数ヶ月ママチャリで通学していると、噂を聞いたおばあちゃんが「最近自転車に夢中らしいね。欲しい自転車があるんだって?」と言って、ロードバイクを買うための資金を出してくれた。そして高1の冬、ついに念願のロードバイクを手に入れた。いざ乗ってみると、ママチャリとは訳が違う。とにかく速くて驚いた。

そのロードバイクで学校へ行くと、家から30分で着いた。往復30kmの自転車通学を続けるうち、部活をやっていた頃よりも遥かに筋肉や体力がついていた。サッカー部を辞めた当初は挫折感が強かったけど、自転車のおかげで、徐々に自信を取り戻すことができたように思う。

(つづく)

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