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憧れは人を変える

村上春樹の全作品(翻訳を除く)を書かれた順に読もうと思い立ち、少し前から取り組んでいる。デビュー作の『風の歌を聴け』、2作目の『1973年のピンボール』、そして『羊をめぐる冒険』を昨日までに読み終えた。今は短編集『中国行きのスロウボート』を読んでいる。いずれも30代の前半に書かれた作品だから、どうしても自分の年齢と重ねてしまう。「今の自分にこういう表現はできないなあ」と思いながら読んでいる。

ライターコンサルでも、生徒さんたちにはよく村上春樹の作品を読むように勧めている。これまではエッセイを主に紹介してきたが、小説もぜひ読んでほしい。彼の文章は、エッセイであれ小説であれ、読んでいるだけで文章力が上がるような、そんな不思議な魅力がある。難しい言葉を使わず、リズムがいい。読んでいると、「文章を書くのって簡単なことなんじゃないか」と思えてくる。もちろん実際はそんなに簡単ではないのだけど、「よくこんな表現思いついたな」という独特の比喩を除けば、村上春樹はあらゆることを簡単に表現する。

最近のお気に入りは、講談社から出ている『村上春樹全作品』だ。たとえば『風の歌を聴け』は書店で文庫版が売っているし、わざわざ分厚い全集で読む必要はないのだけど、この『村上春樹全作品』にはひとつ良いところがある。それは、どの巻にも「自作を語る」という村上春樹のオリジナルエッセイが収録されていることだ。『風の歌を聴け』がどのような背景で書かれたのか、そのことが詳しく書かれている。このエッセイは他の本には収録されていないので、ここでしか読めない。その点で非常に貴重で、かつ内容が良い。

ぼくがとくに好きだったのは、『羊をめぐる冒険』についての「自作を語る」だった。『羊をめぐる冒険』は村上春樹の3つ目の小説だが、彼はこの作品を「小説家としての実質的な出発点」と位置付けている。最初の『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』は、本人曰く「習作のようなもの」だそうだ。この2つの作品は、経営していたバーのキッチンで深夜に書いていたという。この2つを世に出したあと、もう執筆の時間が足りないということでバーをたたみ、千葉に引っ越して専業作家として生きていくことにした。その最初の作品が『羊をめぐる冒険』なのである。彼はこの作品を書き終え、大きな手応えを得た。それは世間の評価とは関係なく、自分の中での「これで小説家としてやっていける」という手応えだった。そういう話が「自作を語る」に書かれていて、個人的にジーンとくるものがあった。他のエッセイではあまり読んだことのない話だったから。でも知りたかった。だから図書館で偶然出くわしたとき、「こんなところにあったのか」と、秘密の財宝を見つけたような感覚だった。まさに宝石のような文章だった。

ぼくは村上春樹のことを深く知れば知るほど、偉いなあ、立派だなあという思いが強まる。彼は自分を律する力が凄まじい。「これをやろう」と決めたら、コツコツと積み重ねて間違いなくやり遂げる。作家としての芸術性よりも(もちろん作品も素晴らしいし大好きだけど)、ぼくは村上春樹の人間的な部分に魅力を感じている。生き方や信念に憧れる。彼の良さを自分も取り入れたいと思う。

それでぼくは、今のところ小説を書くつもりはないけれど、ひとりの物書きとして、「自分を貫こう」という気持ちになっている。先日のnoteにも書いたけれど、好きなことで突き抜けたい。

ここ数日、好きなことをやり続けて、「流れ」がよくなっているのを感じている。幸福感もある。このまま突破したい。

「好きなことばかりやっていて楽しそうだね」「羨ましいな」と人は思うかもしれないけど、自分を貫くのには勇気と覚悟が必要で、実際はそんなに簡単なことではない。それを理解してくれるのは、やはり同じように好きなことと向き合っている人だと思う。美術館で画家に共感を覚えるのは、その人が貫いたものを感じるときだ。どんな時代にも、安定を捨て、リスクを取ってでも自分を表現したい人たちがいた。

大切なのは、覚悟を決めることだ。何をするかを決めて、ひとまずは評価を気にせず、続けていく。時間をかけないと違いは生まれづらい。

ぼくはこれまでの人生で、誰かや何かに憧れることで、そのモチベーションがエネルギーになって、いろんな経験をすることができた。憧れは人を変える。だから、誰かにとっての「憧れ」を作ることは、立派な仕事になると思っている。ぼくが好きなことをやって、心から楽しく生きることで、そこに憧れを抱いてくれる人が現れたら嬉しい。

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