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セレネリアン・ミステリー(第11話)中間報告

 予定通りにボクはフォート・デメリックに引っ越し。嬉しかったのはシンディ君も同じだったことです。ただこちらに来てみるとリー将軍にしてやられました。アサインメントSは事実上の広報官も担当なのです。

 記者会見は全米、いや世界中に衝撃を与えたとして良いはずです。謎の宇宙人が月で発見されただけではなく、その宇宙人が地球人類と同じですから誰もが驚きます。当然ですが、
 
「どういうことですか」
 
 この質問の嵐。こっちだってわからないものを答えようがないのですが、それを何とか丸め込むのが広報官のお仕事と言われてむくれたものです。ここで意外だったのがシンディ君です。ボクが困っていると助け舟を出してくれます。そこでシンディ君に、
 
「広報官の仕事はシンディに頼みたいんだけど」
「わかったわ、任せといて」
 
 これが実に鮮やか。ただ、マスコミの反応はボクやシンディ君があれだけ頑張っても興味本位です。これも勉強になりました。記者ってやつは、本当の事実とか真相を知ろうとするのではなく、いかに読者に受けるかだけを考える人種って事です。出たきた記事は、
 
『謎の地球人を月で発見』
『五万年前に人類は既に降り立っていた』
『五万年前の超古代文明は?』
『月世界殺人事件』
 
 おいおいと思いましたがシンディ君は、
 
「マスコミってあんなものよ」
 
 なるほど、そこまで見切って対応しないといけないようです。そうそう、現在出向中ではありますが、ドレッド社の社員でもあるのでトライマグニスコープの発表会にも出席しましたが、ここでもエライ目に遭いました。
 
『夢の千里眼』
『これで金庫に隠しても無駄になる』
『プライバシー消去マシーン』
『服の下までバッチリ』
 
 そういう使い方も不可能じゃありませんが、あんなデッかくてバカ高いものを誰がそんな目的のために使うものですが。一連の騒ぎでクタクタになったボクにシンディ君は、
 
「もうすぐ醒めるよ。マスコミってそんなもの」
 
 一方でアサインメントSは順調に機能しています。ボクの見るところ身体班の方は新たな情報が出そうにないとして良いでしょう。装備班の方も遅々たるもの。いくつか新しい発見はあるものの、当分は大きな進展はなさそうといったところ。

 やはり注目は言語班。世界の言語学者、暗号解読者が寄ってたかって状態になっており、いくつか新しい知見が得られています。
 
 ・数字はほぼ特定。六十進法と見て良さそう
 ・文字は表意文字と表音文字の混在と見て良い
 
 数字が判明したことでカレンダー部分が特定されています。カレンダーから異星人の母星は三百六十日と見て良さそうで、言語班のアンドリュー博士は、
 
「だから六十進法になったのかもしれない」
 
 それとカレンダーに大の月、小の月の混在がないことから衛星を持たないのではないかとしています。ただ六十進法では精密計算に不便じゃないかと聞いてみたのですが、
 
「そこなんだけど、計算の早見表らしいものがあって、そこは十進法で計算してる形跡がありそうだ。というか、十進法の計算結果を六十進法に換算してるのじゃないかと見てる」
「なんか二度手間だな」
「イギリス人も異星人ことを言えないぞ」
「アメリカ人もな」
 
 英米人が普段はヤード・ポンド法を使いながら、メートル法も理解してるぐらいの関係と言われて納得しました。それと異星人の母星に月が無いと仮定すると、
 
「月に立ち寄ったのもそのせいかもしれない」
 
 ただそこから先は難航。とくに表音文字と表意文字が混じるとなればさらに難解のようです。
 
「アンドリュー、表意文字ならなんらかの形として読み取れないのか」
「表意文字の始まりはそこのはずだが、完全に記号化されているようでお手上げさ」
 
 アンドリューの見るところ、表音文字化が進む一方で、表意文字の使いやすさを最大限に活かしたものじゃないかとしています。
 
「たとえば長いスペルの単語を記号一つで表せばラクじゃないか」
「なるほど、例えばアンドリューを『A』だけで読ませるようなものか」
「そんな感じに見える」
 
 ここでアンドリューが、
 
「異星語に似たようなものがある」
「君は異星語にも通じてるのか」
「まさか。あれはボクにもほとんど読めないが、エラン語もそうのはずだ」
 
 エランだって!
 
「だから協力を得られないかな」
「協力って誰の?」
「この地球上でエラン語が話せるのは三人だけ。エレギオンHDの小山前社長と月夜野社長、霜鳥専務。このうち読み書きまで出来るのは小山前社長と月夜野社長だけだって話だ」
 
 う~ん。セレナリアン・プロジェクトが始まってから行き着くのはエランだし、エランとなればエレギオンHD。そして求められるのは常に月夜野社長。しかしリー将軍を以てしても協力を得るのは容易じゃなさそう。ダンリッチ教授にも相談したのだけど、
 
「難しいな。エレギオンHDのトップ・スリーとなると神聖不可侵みたいなみたいなものらしい」
「なんですか、それは」
 
 ダンリッチ教授もエラン人データを求めたそうだけど、アメリカ政府が動いても何も出なかったそう。
 
「ラシュワン博士が頼んでもそうだったらしい」
「そんなに日本政府の保護が強力なのですか?」
「そんなレベルでないらしい。日本政府どころか合衆国政府でさえ歯が立たないとまで言われてる」
 
 かもしれない。あのエラン船の騒ぎの時にウルサイ大国の指導者を完全に尻に敷いていたと言いますからね。
 
「でも一つだけ可能性は残る」
「あるのですか」
「今は小山前社長は亡くなり月夜野社長だ」
 
 これも聞くと小山前社長はとにかく怖い人だったらしく、別名『氷の女帝』。この怖いと言うのは、その手腕とか、信賞必罰の厳正さも指すようですが、
 
「小山前社長と正面からまともに話せる人間はいないとされているぐらいだ」
「そんなに」
「ああ、政治家とか財界人の間では常識らしいが、小山前社長に睨まれると、例外なくヘビの前のカエル状態になるそうだ。それでも抗弁しようとして失禁どころか脱糞までさせられた者も少なからずいるって話だよ」
 
 鬼のような女だろうな。
 
「氷の女帝の小山前社長に較べると月夜野社長は微笑む天使と呼ばれるぐらいソフトだそうだ」
「じゃあ、上手く頼めば」
「氷の女帝の小山前社長より頼みやすそうだが月夜野社長も実は甘くない。微笑む天使ではあるが、一方で稀代の策士、恐怖の交渉家のあだ名もあるぐらいだ。ニコニコと話しているうちに、すべて自分の思い通りに操ってしまうぐらいかな」
 
 月夜野社長は魔女みたいなものか。とんでもない女たちがエレギオンHDに巣食ってるものだ。
 
「思うのですがセレネリアンの謎解きはエレギオンHDの経営とは関係のない純学術的なものじゃないですか。これだったら協力は可能じゃないですか」
 
 するとダンリッチ教授は難しそうな顔をして、
 
「君の言う通り、セレネリアン・ミステリーは純学術的なものではある。ただ、エランに関係する。エレギオンHDというか、あそこに君臨する女神たちはエランに関する話は非常に神経質になるらしい」
 
 だからラシュワン博士が要請した宇宙服情報も門前払いされたのか。もっとも装備情報は技術情報だから漏らさないのはまだわかります。エラン人情報はもう亡くなっていないじゃありませんか。
 
「私もそう考えていたから情報提供は可能と見ていたが、エラン人の医療情報はその存在さえ完全にシャットアウト状態だ」
 
 なぜだろう。どこか引っかかる気がする。そこまで死者、それも異星人情報を隠したがるのだろう。ダンリッチ教授によると四十九年前のエラン船事件の時は、小山代表は地球全権代表になったものの、交渉だけまとめてサッサと辞任。

 四十一年前のエラン船事件の時は乗組員への尋問こそ引き受けたものの、それ以上の深い関与されていなそうだとしています。保護された乗組員たちは地球の感染症で亡くなってしまいましたが、意思疎通に苦労した記録が残っています。

 様相が変わったのは十四年前のエラン船事件の時。あれはボクも良く覚えていますが、ECOが設立されボクも献血に応じています。地球滞在も長期となり、エレギオンの女神達もエラン人と交流を深めていたはずです。そりゃ、エラン人たちの記者会見まであったぐらいです。この時に何かあったはずです。

 ダンリッチ教授の見方もそうで、十四年前のエラン船事件の時に女神たちはエラン人情報を完全に伏せてしまったと見ています。当時のECOの権限は強大で、限定的とはいえ地球政府の様相を呈し、小山前社長は地球大統領とも言える存在だったともされます。
 
「大統領と言うより、氷の大帝だって話だそうだ。あれほどECOの権限が強大化したのは小山前社長の手腕というか存在と見て良いとなってるぐらいだからな」
 
 その権限でエラン人情報の一元管理を推進し、さらに医療情報を伏せてしまったのは間違いないようです。
 
「ハンティング博士、女神達はエラン人に特別の感情を抱いていると見て良いと思うのだ」
「特別って・・・恋愛感情ですか?」
 
 ダンリッチ教授はビールをグイッと飲んで、
 
「そこまではさすがにわからない。やはり異星人だし、女神と言えども女性だ。ただ特別の好意を抱いたか、逆に地球にとって知らせてはならないものの判断をしたと考えている」
 
 結果からするとそう見るしかないのだけど・・・

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