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セレネリアン・ミステリー(第13話)名誉元帥閣下

 ダンリッチ教授と別れ家のベッドであれこれ考えましたが、
 
「地球人類、エラン人、セレネリアン、さらに第二の異星人。これの類似、いや全く同じであれば、教授の懸念はわかる。でもそんな事が本当に起ったのだろうか。でも起り得る可能性はゼロとは言えない、むしろ別々の惑星で同じ種が誕生すると考える方がよほど不自然だ」
 
 眠れない夜を過ごすことになりました。翌朝になってリー将軍に面会を求めたもののワシントンに行って留守。リー将軍はエドワーズ空軍基地時代こそ常駐していましたが、フォート・デトリックに移ってからは留守にしている方が多くなっています。

 考えてみればリー将軍はアメリカ陸軍の最高位である大将であり、バリバリの現役。先々は統合参謀本部議長になるのも確実視されています。セレネリアン・プロジェクトの責任者としての仕事は事実上終わり、次の任務に取りかかっていると見ても良さそうです。

 というか、フォート・デトリックに移転したら転任していてもおかしくないはずです。これは最近になって見えてきましたが、このプロジェクトの目玉は装備班です。そこでの研究成果をあげる目的があったからこそ、あれだけの予算を投じてまでトライマグニスコープを買い入れたと見るのが妥当です。

 ボクが目的と聞かされた手帳の解読はあくまでもついで、さらに言えばセレネリアンの謎解きもオマケみたいなものです。悪く言えば装備班の目的のカモフラージュです。これは所期の目的を果たしているとして良いでしょう。これもダンリッチ教授と話したこともありますが、
 
「あははは、君もそう思うかね。だがね、現実にこれだけの施設で研究できて、予算もしっかりあるじゃないか。科学者はこういうチャンスを活かすものだよ」
 
 さすがは古狸です。
 
「だがね、政府も気にはしてると見てるよ。こうやって研究が続けられてるのも一つだが、リー将軍がなんだかんだと責任者のままなのもそうだ」
「その目的は?」
「セレネリアン・ミステリーが解けただけでもビッグ・ニュースになるし、カモグラージュが強化されるのが一つ」
「他にもあるのですか」
「野次馬さ。大統領だって知りたいのだろう」
 
 そう言っているダンリッチ教授もセレネリアン・ミステリーが解ければ大きな業績になるのは確実です。こりゃ、狐と狸の化かし合い見たいなもので良さそうです。
 
「君もまだ若いから、一つアドバイスしておくが、マージンは常に取るのも研究者の生き方の一つだ。いや、勘違いしないで欲しい。君にそうしろと言っておるのではない。ただ研究はパトロンがいないと出来ないからね」
 
 そうなのです。今の気持ち的にはドレッド社に帰りたくありません。とは言うものの大学の研究室に頭を下げても戻るのも嫌です。いくつかの大学から教授の話もありますが、学生に教える柄じゃありません。

 でも次のチャレンジを探さないと研究どころかオマンマの食い上げになりかねません。セレネリアン・ミステリーは面白いですが、ダンリッチ教授ならともかく、ボクの仕事としては畑違いも良いところです。

 
 日本か・・・なんとなく呼ばれている気がする。そこで新たなチャレンジが待っている気がする。どんな国だろうか、とにもかくにも行ってみよう。そうだよ、待っていても何も起こらない、動いてこそ次の道が見えて来るのがボクのモットーみたいなものです。

 そこで遅まきながらエレギオン・グループやエレギオンHDを調べていますが、とにかくミステリアスな会社です。東洋の神秘として良いのじゃないのかなぁ。とにかくトップ人事が意味不明なのです。

 エレギオンHDが出来たのは四十八年前ですが、その時にトップ・フォーと呼ばれる四人の重役が就任していますが、これがすべて女性です。当時もエレギオンの四女神と呼ばれていたで良さそうです。

 最初の四女神で真っ先に亡くなったのは立花前副社長。これが二十六年前の話ですが、ここからが奇々怪々。副社長の椅子はそのまま延々と十年も空席のままにされ、十七年前にまだ大学院生のままで月夜野うさぎは、小山前社長の社長秘書として採用され、翌年には副社長にいきなり大抜擢です。そんな事が起ること自体が一つのミステリーみたいなものじゃありませんか。

 これだけでも不思議過ぎますが、月夜野社長だけではないのです。当初の四女神のうち結崎専務、香坂常務が十四年前に亡くなっています。その年にエラン船事件が起こるのですが、夢前遥、霜鳥梢は大学一年でエレギオンに採用され、いきなり専務と常務に就任しています。霜鳥常務なんてECOの副代表まで就任しているのです。

 さらに、さらに翌年には専務と常務のままで休職して復学。これって冗談としか思えません。大学一年と言えば、まだ高校を卒業したてのヒヨッコですよ。専務と常務に大抜擢されたのもミステリーですが、どうして復学するのですか。

 こんなムチャクチャな人事がこの世にあるはずないでしょう。今だってそうです。小山前社長が亡くなって月夜野社長が就任したのは誰が見ても順当ですが、副社長は空席のまま。どうして夢前専務が繰り上がらないのです。

 ここまで来ればボクにもわかります。何年か後に誰かが、それも間違いなく女性がいきなり副社長に抜擢されるはずです。それはわかるとして、なぜそうなるのか理由は完全に謎です。エレギオンHDはその辺の町工場じゃありません。世界一とも呼ばれるHDです。いや、そこら辺の町工場でもこんな人事は絶対にやりません。

 そして最後のミステリーは、人が変わってもエレギオンの四女神であること。いきなり副社長や専務、常務になっても前任者とまったく変わらない手腕を示しているのです。だからこそあれだけ繁栄していると言えばそれまでですが、外部から見れば東洋の神秘としか言いようがありません。

 
 ようやくリー将軍が帰って来て要望を告げると明らかに表情が変わりました。とにかくエレギオンHDがらみの要請にリー将軍は良い顔をしたことがありません。
 
「将軍。セレネリアンの謎を解くために我々は努力を重ねています。しかし、このままでは永遠の謎になってしまいます。最後の手がかりは手帳の内容しかありません」
「それについては言語班が頑張っておる」
「彼らの努力は良く知っていますが、解読までとなると目途も立たない状態であるのは良く御存じでしょう」
 
 リー将軍はじっと考え込み、やがてポツリと、
 
「エレギオンか・・・」
 
 こう呟くと時刻を確認し、いきなり直立不動になって電話をかけ始めたのには驚かされました。
 
「私はアメリカ陸軍大将のロジャー・リーであります」
「・・・」
「はい、このたび私が手がけさせて頂いているプロジェクトのために、レイモンド・ハンティング博士を日本に派遣します」
「・・・」
「はっ、その件であります。閣下のお手数を煩わせることになりますが、宜しくお願いします」
「・・・」
「はい。ありがとうございます」
 
 おいおい電話に向かって最敬礼って。それに閣下はおかしいだろう。するとリー将軍は、
 
「月夜野名誉元帥閣下はお時間を取って頂けることになった」
「名誉元帥?」
「そうだ。これは正式のものどころか、非公式のものでさえない。しかし元帥を知る者に取っては命ある限り元帥である」
 
 これをボクに話すリー将軍は、まるで二等兵が将軍に話すようにシャチホコ張り、緊張をみなぎらし、顔を上気させていました。おそらくですがアメリカ大統領相手でもここまでの緊張と敬意を払わないのじゃないかと思います。

 リー将軍の目は敬意もありますが、あれは憧憬じゃないかと思います。夢見るほど憧れているアイドルやスターと話していたようにも見えてしかたがありません。少し落ち着いてから、
 
「いつか博士もそこにたどりつくと思っていた。あれこれ調べたのだろうが、実際に会えば十倍は軽く驚くだろう。会った時には伝言を頼む。ロジャー・リーは永遠の忠実なる部下であると。そして閣下の命あらば、いつでもこの命を捧げる準備はしていますとな」
 
 どうなってるんだ。月夜野社長が名誉元帥で、あのリー将軍があれほど傾倒しきっているとは。
 
「リー将軍の忠誠は合衆国にあるはず」
「当然だ。私は合衆国陸軍大将である」
「月夜野社長は日本人ですが」
「違う。元帥閣下は地球人だ。月夜野元帥閣下は地球軍を率いて怪鳥と戦われ、合衆国陸軍も地球軍として共に戦った部下である」
 
 あの怪鳥事件の時はリー将軍が司令官のはず。
 
「公式にはそうなっているが実態はまったく違う。月夜野元帥閣下は単身で乗り込まれ、あっと言う間にアメリカ軍を地球軍に変えられた」
「どういうことですか!」
 
 リー将軍は再び直立不動になり、
 
「月夜野元帥閣下におかれてはアメリカとか日本は関係ない。ただ地球のためだけに立ち上がられ、掛け値なく身命を賭して事にあたられた。私の忠誠は合衆国にもちろんあるが、それ以前に地球人として地球にある。これが怪鳥派遣軍十万の意志であり誇りである」
 
 月夜野社長とは何者。これは日本に、いや神戸に必ずなにかある。

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