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ミサトの不思議な冒険(第29話)ベンツSSK

「親父、このクルマは」
「SSKや」
 
 レアすぎるクルマで、1920年代から十年ぐらいで三十台しか作られてないのよね。六気筒七リットルでスパーチャージャー付。二百キロは出たとされる当時のモンスター・カー。オークションなら数億円はするってされてるもの。
 
「状態は」
「まずまずやけど、リニューアルや」
 
 レストアは可能な限りオリジナルに戻すのが原則だけど、オーナーの意向とか、時代の変化で現代風に変える事もあるのよね。多いのは電装系で、古いクルマほど弱点になってることが多いんだって。

 エンジンごと換装もしばしばあるのよね。これも可能な限り同じものか近いものを探すけど、古くなるとそうはいかず、場合によっては最新のエンジンにしたりもある。言いだせばホイルやタイヤもそうで、現代の規格では手に入らないものも少なくないからね。

 レストアも外観だけだったらラクだそうだけど、対象はクルマだから走らないと意味がないところがあるの。走るも二種類あって、とにかく道の上の走れるレベルと、公道をナンバー取って走るがあると思えば良いと思う。

 親父が言ったリニューアルは、クラシック・カーをナンバー取得して公道を走らすレベルにすること。車検を通すためにオリジナルからの改造が多くなるぐらいかな。親父は『まずまず』って言ってたけど、とりあえずエンジンもかからない状態からレストア開始。

 レストアは始まるとさらに問題が発見される事が多いのだけど、このSSKも例外に漏れず、
 
「ここもアカンか・・・」
「ここは痛いな。こりゃ、だいぶ手を入れないと・・・」
 
 とにかく世界で三十台しか作られていないから中古パーツなんて存在しないも同様。似た形のパーツを改造したりしながらレストアは進んで行ってた。手間はバリバリかかるけど、それをするのが親父の仕事であり、趣味であり、道楽。一歩一歩確実に進んで行ってた。

 三ヶ月ぐらいかかったてたけど、エンジンもかかるようなり、空き地に運んで行っての試走も順調だったみたい。車検はいつものように大変だったみたいだけど、これもなんとかクリアして、
 
「思いの外に手間かかったけど、これなら文句ないやろ」
 
 親父の顔も満足気だったんだ。ところが大学から帰って見ると、家の中が真っ暗って感じになってたのよ。そう言えば、今日が納車のはずのSSKもまだあるし。話を聞くと、
 
「ムチャクチャなんや」
 
 オーナーはクルマのチェックをしたんだけど、
 
『なんてことをしてくれたんだ!』
 
 猛烈な勢いで怒鳴りまくったと言うのよね。なんて事って言われてもナンバー取得して公道を走らせるようにするリニューアルだったのだけど、
 
『こんなにボロボロにしてしまって、どう責任を取るつもりだ!』
 
 親父もあれこれ釈明したそうだけど、まさに聞く耳を持たないって感じで、
 
『とりあえず三億払ってもらう』
 
 こう言い捨てて帰ったみたいなのよ。親父もお母ちゃんもゲッソリって感じだった。この騒ぎはこれで終わってくれなくて、内容証明付の請求書が送られてきて、そんな金額は払う理由もないと親父も頑張ってたみたいだけど、今度は弁護士まで来て・・・
 
「ミサト、法的手段に訴えるって言いだした」
 
 三億なんて自宅兼工場を売り払っても全然足りないもの。弁護士にも相談に行ったみたいだけど、
 
『裁判で争うしかないでしょうが、相手が貞友先生では・・・』
 
 相談に行った弁護士が言うには、向こうの貞友弁護士は凄腕で鳴らしてるみたいで、法廷の無敵将軍って言われてるぐらいだって。でもさぁ、でもさぁ、向こうの要求はリニューアルだし、そのための改造は契約範囲じゃない。
 
「弁護士さんが言うには『最小限の改修』の解釈論争になるだろうけど、相手が貞友弁護士では勝算が立たないって言うんや」
 
 余談のように教えてくれたそうだけど、かなりどころか、弁護士でも絶対無理と見える事件を全部勝ってるらしいのよね。だから無敵将軍なんだろうけど。

 
 何度か貞友弁護士は来たみたいだけどついに裁判になっちゃった。親父も八方探して弁護士立てたけど、うちの田中先生も大苦戦中。その田中先生の印象なんだけど。
 
「あくまでも憶測になりますが、この裁判は仕組まれている感じがします」
 
 というのも貞友弁護士が出してくる証拠が余りにも手際が良すぎるって言うのよね。だから押されっぱなしの防戦一方で、反撃の糸口さえつかめないらしい。
 
「私も依頼されたからには最善を尽くしますが、このままでは・・・」
 
 頼みの綱の田中先生も裁判の結果には暗い見通ししか持てないみたい。このままじゃ、このままじゃ、と焦ったところでミサトにはどうしようもなかった。北斗星の先輩達にも相談はしてみたけど、学生じゃ同情して力づけようとしてくれたのが精いっぱい。
 
「ミサト、尾崎自動車も終りや」
 
 もちろんミサトの大学生活も終わり。夜逃げ同然で逃げるしかなさそう。そうしたらある夜に、
 
「ミサト、火事や」
 
 命からがら逃げだしたけど全焼。消防や警察の話だと放火だって。それも明らかに全焼を狙って四カ所ぐらいからガソリンまいて火を付けたらしいとしてた。とりあえず安アパートに引っ越したけど、これで収入もゼロ。

 ミサトの思い出の品も全部燃えちゃったし、愛用のカメラもレンズもパー。麻吹先生に買ってもらったゴージャスな服も全部灰になっちゃった。それだけじゃなく、あのSSKも燃えちゃったから、その分の弁償も上乗せされちゃったのよ。

 
 裁判は火事に関係なく進んで行って、判決は完敗。田中先生はすぐに控訴手続きをしてくれたけど、二審の展望も真っ暗。下手すりゃ審理無しで確定になってもおかしくないって。それぐらいの完敗だってこと。

 日本の裁判は三審制だけど、最高裁でも争えるのは憲法違反に該当する案件だけで、だからミサトのような案件は上告しても却下されるだけだって。だから二審が最後のチャンスだけど、このままじゃ審理さえも難しい状況って言ってた。親父もお母ちゃんも、
 
「こんな理不尽なことがまかり通るなんて」
「世の中、間違ってる」
 
 そうやって悔しがってたけど、完全に逃げ場はゼロ。追い詰められたなんてものじゃなく、破滅の淵に小指一本でぶら下がっているしか言いようがないよ。

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