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運命の恋(第1話)ボッチ

 ボクは氷室淳司。ボクの幼い頃は活発なガキだったと思う。今どきならゼロ歳児から保育園に預けられるなんてポピュラーだけど、田舎なのもあって幼稚園に行ったのも、いわゆる年長さんになってからの公立幼稚園だけ。

 その代わりに近所の子どもたちと朝から、それこそ日が暮れるまで遊びまわっていた。そういうグループの中心にいて、ガキ大将じゃなかったけど、次々に新しい遊びを考え出してたぐらいかな。

 遊びも度を越したものが多くて、そのたびに叱られていた。そういえば悪さが過ぎて火事を起こしそうになった時は、それこその大目玉を喰らったのも覚えている。今から思えばボクの黄金時代だったかもしれない。

 そんなガキの頃が黄金時代だったとは笑われそうだけど、ボクの運命は翻弄されることになる。理由は親が転勤族だったこと。そう、引っ越しとセットになる転校がボクを変えていったのは間違いない。

 転校とは、それまで積み重ねていた人間関係がリセットされることだ。どんなに親しい友だちであっても離れ離れになり、二度と会えなくなってしまう。その代わりにボクに与えられるのは見ず知らぬの同級生。

 小学校に入る時はまだ良かったと思っている。その小学校は学年に八クラスもあるような大規模校で、入ってくる幼稚園や保育園の数も三つや四つじゃ利かなかったはずだ。そこに転校生のボクが入り込んでも、他の幼稚園とか保育園の見知らぬ連中と同じぐらいの扱いだっんだろう。

 もちろんスンナリ無条件ではなかった。覚えているのは言葉の問題。住んでいる場所が変われば訛りも変わり、そういう違いを子どもは囃したてるものだ。だけどさすがにまだ小一、それほどの障害にはなっていない。だから小一のクラスには馴染めたし、それなりに友だちも出来た。

 そのまま行けば良かったのだろうけど、そうはいかないのが転勤族。小四の時にまたもや転校。またもや見知らぬ同級生の中に放り込まれた事になる。小一と小四では状況がかなり異なってくる。

 小四の同級生は遅くとも小一からの同級生だし、その小学校は学年に三クラスしかない。三年間の間に既にグループも出来ていたし、とにもかくにも顔なじみ。そこでの転校生はまさに異星人扱い。

 転校生ならどこでも同じ扱いとは思わないけど、ボクが転校した小学校はそうだった。この辺は転校前の小学校が都会にあったというか、ニュータウンにあり、転校した小学校が田舎の古い町だったのもあったと今なら思う。

 ボクだって生まれは田舎者だけど都会で三年過ごしたから、田舎者から見れば『都会のすかした奴』ぐらいにまず見られた。訛りが違うのも小一の時と桁が違うほどの笑い者にされ、バカにされ囃し立てられた。

 それと地区の結束が強かった。これは田舎にしては盛大なお祭りがあり、そこには地区ごとに大きなダンジリが出るのだけど、それに参加できるのはその地区で生まれた子どものみ。ボクが住んでいた社宅のある地区は祭りに参加していないと言うか、参加させてもらえていなかったで良さそう。

 さらにって程じゃないけど、小四ともなればギャング・エイジに差し掛かり、かなり結束力の強いグループが形成されていた。ボクは必死になって、そのグループに入ろうと努力したし、なんとか入れたけど、そのグループに入るのにかなりの苦痛を伴ったのは確かだ。

 それと、そこでポジションを得たとはいえ、どう見たって下っ端。後から思えばボクのクラスの身分は底辺カースト認定されていたで良いと思う。グループにはメンバーと言うより、付け加えてやってる扱い。そうだな完全にパシリ扱い。とにかく少しでも出過ぎたことをすれば、

『転校生のクセに』
『余所者なのに生意気』

 こんな感じで容赦なく凹まされた。そんな学校が楽しいわけがなく、家でも塞ぎ込んでたら、母親がなにを勘違いしたか、

『もっと友だちを作りましょう』

 こう言い出して、地域にあった少年少女クラブみたいなところに問答無用で叩き込まれた。どんなものかと言えばボーイスカウトに似てるんじゃないかと思う。もっともボーイスカウトも参加したことがないから知らないけど。

 そのクラブの夏のイベントが河原でのデイ・キャンプだった。今から思えばたいした内容じゃなく、河原でバーベキューをしながら、子どもは川遊びをするぐらいだ。クラブはボクの小学校だけでなく近隣の小学校からも参加していた。

 もっとも集まっただけで、遊ぶのは小学校単位になるのはそんなもの。そこに一人の少女が参加していたのが目に付いた。妙に青白い顔で、やせっぽち。見るからに生気がない場違い感が目に止まったのだと思う。

 場違い感はそれだけじゃなかった。子どもたちは川遊びがメインだから水着だけではしゃぎ回っていたけど、その子はパーカーみたいなも物を着て川に近づきもしなかったし、バーベキューにも参加する様子もなかった。というか、じっと木陰に座って動かなかった。

 少女に話しかけるものはなく、このイベントが始まってからずっと一人ぼっちじゃないかと思った。その理由はそのうちわかった。その少女の小学校の同級生らしい連中が通りがかると、

『バイキン』

 口々に投げかけているのだ。そう、イジメられっ子っだ。どうしてわざわざ参加したのか不思議だったが、なんとなくボク同様に親に無理やり参加させられたのかもしれない。お気の毒なことだ。

 川遊びなんだけど、泳ぐところが決められていた。下流の方に大きな岩があり、そこから上流ぐらいが目安だったかな。大きな岩のところで、ちょっとした滝みたいなものがあり、その下はかなり深いらしく、流れも強いから危険だぐらいの説明があったと思う。

 見るともなしに見ていると、他校の男連中、あれはイジメっ子グループで良さそうだったけど、その少女に集まっていた。何かを言っていたが、そのうちに嫌がる少女を無理やり引っ張って岩の方に行くのが見えた。何をする気だろうとボンヤリ見てたら、

『ドッボーン』

 突然少女を岩から突き落としたんだ。さらに、

『バイキンは死んじまえ』

 こんな囃し立てる声が聞こえて、ボクは慌てて岩に走って行った。岩に上がると溺れている少女が見えた。ボクは無我夢中で川に飛び込んだ。少女を助けようとしたのだけど、そうは格好良く行かなかったな。

 パニックになっていた少女は、ボクに必死でしがみついて来たんだ。足は着かないし、そうされるとボクも泳げたものじゃない。泳ぐどころか一緒に溺れそうになってしまった。その頃になってようやく大人たちも騒ぎを聞きつけて助けに来てくれ、なんとか溺れずにすんだぐらい。

 救急車が来てその子は運ばれて行った。ボクは少女を川に突き落とした連中に猛烈な憎しみが湧いたんだ。あれは止めようがなかった。リーダー格らしい奴に思いっきり体当たりして倒し、馬乗りになって殴りかけていた。すぐに大人たちに止められて怒られた。

 この事件の余波は大きかった。小さい方から言うと少年少女クラブは退会になった。どうも最後に喧嘩をした他校のリーダー格の親がウルサ型だったようで、実質的には追放されたぐらいで良さそうだ。別にボクも参加したかった訳じゃないから、これはまだラッキーに入る方だろう。

 問題視されたのはあの少女を助けようとしたこと。それの何が悪いかの話だし、ヒーロー扱いになっても良さそうなものだが、まったく逆の展開になった。これはもうイジメの無理やりロジックみたいなものだが、

『エエ恰好しい』
『目立ちやがって、エラそうに』

 それこそ目の仇にされた。出過ぎたマネをしたで良いだろう。他校であってもバイキンを助けたから、

『お前もバイキンの仲間』

 もう散々な目に遭った。そうボクはパシリの地位さえ失い底辺カーストから最底辺カーストに転落。もろイジメのターゲットにされてしまった。仲間外れの日常が始まり、誰もまともに口を利いてくれない学校生活になったんだよな。

 これは小学校を卒業し、中学になっても延々と続いて行った。ボクはボッチになり陰キャになるしかなかった。なったってイジメは変わらなかった。まさにボクの暗黒時代の始まり、始まりになったんだ。転校時から崖っぷちだったけど、あの事件で崖から落っこちたぐらいだろうな。

 あの頃はなんのために生きてるか疑問だったし、子どもながらに死のうとまで思い詰めていた事もあったよ。そんな時に三回目の転校があった。中三だったから、こんな時期の転校は高校受験に影響があって困るものだけど、この時の転校は歓迎した。そう、リセットできるから。

 転校先の中学でもボッチの陰キャ。だがイジメは殆どなかった。ただ無視されるだけ。学校で一言も話さない日なんて珍しくもなかったぐらい。でもボクは平穏を喜んでいた。イジメられるぐらいなら、無視されてボッチでいる方がはるかに幸せだった。

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