怪鳥騒動記(第30話)ユッキー社長の気迫
やっと今回の出番が来た。常務のミサキです。怪鳥事件では三十階の三人が主体で、
「ミサキちゃんは子どもが出来たばっかりだから・・・」
ここまでちょっと蚊帳の外だったのよね。その代わりにディスカルが頑張ってくれてた。今回の作戦の成算を聞いたのですが、
「無謀なのは無謀。まさに希望的観測の綱渡りだ」
「じゃあ、どうして」
「他に取れる作戦がないのは月夜野副社長の意見に同意だ。また、待ってもこれ以上、情報が増える余地もなく、この作戦の要の一つである戦力の集中が出来なくなる」
ユッキー社長はすぐに東京に行き、村松総理と会談。
「総理、地球が救われるにはこの手段しかありません」
「背後が弱点なのはわかるが、その前の足止め作戦がよくわからん」
「わたしなら出来る可能性があります。わたしが出来なければ、世界中で出来る人がおりません」
足止め作戦の内容はシンプルで、
・月夜野うさぎが怪鳥の動きを封じる
・小山恵が怪鳥の正面、五メートル以内に近づき怪鳥を失神させる
その二行しか書いてないですからね。そりゃ、総理もチンプンカンになるのは当たり前。
「失神って、どういうことかね」
「気を失うってことですわ」
ここでユッキー社長はさっと怖ろしい顔になり、
「総理、細かい事情を御理解して頂くには時間がございません。総理の役割はオーストラリア政府と、米軍の協力の要請です」
「そうは言われても」
「総理が難しいのであれば、わたしに権限を頂けますか」
うわぁ、ユッキー社長、強烈な睨みだ。ここまでやるんだ。
「幸いアメリカのジョンストン大統領とも、オーストラリアのハワード首相も懇意にさせて頂ております。権限を頂ければ、必ずこの作戦を遂行させます」
村松総理の顔が蒼くなってきた。
「言うまでもありませんが、この作戦に命を懸けております」
「それは、怪鳥の正面、それも五メートル以内に近づくだけでわかるが・・・」
「そんな無謀なことを成算なしでやるはずもありません」
「もし失敗したら」
ミサキはあれほど凄絶な笑みを見たことがないかもしれません。
「そんなもの死ぬに決まっているじゃ、ありませんか。わたしはその時に死に、残った人類は飢え死んでいき、鳥が倒れる時まで生き残った者が地球文明の再建に従事することになるでありましょう」
怪鳥騒ぎが始まってから、怪鳥対策機構(MBMO)が、かつてのECOにならって作られています。対策はメジャーズと英語でなってますが、メジャーズは計測の意味もあり、大きくなった怪鳥の報告会と揶揄されたりもありますが、形式的にはMBMOの要請で各国の軍隊をECO同様に動かせることになっています。
ユッキー社長も村松総理への要請は、この日本代表への任命です。この要請と言い、怪鳥対策と言い、通常なら一顧だにされないでしょうが、要請している相手がユッキー社長です。
民間会社の社長ではありますが、二度に渡り地球全権代表を務めた世界のVIPです。村松総理も苦悩しているのがよくわかります。とにかく社長の怖い怖い顔と、空恐ろし睨みに晒され続けるのもプレッシャーです。
「地球の力であの鳥を押さえ込む力はないのはわかっています。あるとすれば核のみ。しかし、これとて当たるかどうかは米軍でさえ自信がないと言っておりますし、使えば使ったで汚染地域が残ります」
ここで総理は一息つき、
「ましてや当たるまで核兵器を使い続ければどうなるかは、それは怖ろしい世界が想像されます。これを防ぐ手段があるのなら、実行すべきと判断します。私は、いや日本は小山社長の提案を支持します」
MBMO日本代表になったユッキー社長は本部が置かれているニューヨークに飛び、各国代表団と折衝を行う一方で、ジョンストン大統領の説得に当たります。村松総理を説得しときも怖かったのですが、ジョンストン大統領を説得した時なんて鬼気迫るなんてものじゃありませんでした。
ホワイトハウスで会談したのですが、それこそ部屋中がビリビリ震えるような物凄い気迫で、同席している者は文字通り凍り付いていました。息をするのさえ懸命の努力が必要なぐらいです。コトリ副社長は常々、
『ユッキーも昔に較べたら丸くなってるで』
そう言われてますが、これこそが真の氷の女神だとわかった次第です。MBMOの会議でもユッキー社長の提案に異議や疑問が続出しましたが、すくっと立ち上がったユッキー社長は、
「地球が救われる方法は他にありません」
この声を聞かされた出席者は、誰もが固まり切っていました。ユッキー社長の気迫に誰もが呑みこまれてしまい、身動き一つ出来なくなったのです。そのままユッキー社長の計画は承認、計画の責任者に任じられています。
「ミサキちゃん、やっぱり手間かかるね」
部屋でニコニコ笑いながらビールを飲まれている社長に、
「社長でなければ永遠にまとまらなかったでしょう」
そしてコトリ副社長が合流。
「ご苦労さん。案外早かったやんか」
「ちょっと気合入れたからね」
あれがちょっとだなんて。コトリ副社長が加わり、アメリカ統合参謀本部で会議。決戦はオーストラリアで行うことが決定し、続々と輸送部隊が出発していきます。
「コトリ、悪いわね」
「かまへん、かまへん。相手は鳥相手や」
コトリ副社長は作戦会議だけではなく、士官クラスとの面談を精力的に行います。それも可能ならば下士官クラスから兵卒まで。
「そこまでしなくとも」
「他人の軍勢やからな」
いつも通りのニコニコ顔のコトリ副社長ですが、ミサキが見てもいつも以上に魅力的というか、見る者、話す者を惹きつけ陶酔させているように見えます。
「ミサキちゃん。あれが次座の女神だよ。総司令官として、エレギオン将兵を喜んで死地に向かわせた能力よ」
派遣軍の総司令官はリー将軍ですが、コトリ副社長はその上に立つ総司令官のつもりで軍勢の掌握をやってたんだ。そのためか派遣される米軍には、
『今度の作戦は女神が指揮を執る』
こういう噂が立ち始めています。そのためか作戦コードネームも正式のシリウス作戦の他に将兵の中では、
『女神作戦』
こうとも呼ばれています。オーストラリアで集結した派遣軍の陣頭で挨拶に立ったコトリ副社長は、
『必ず勝利をもたらす』
こう宣言すると怒涛のような歓声が巻き起こりました。いよいよ作戦は本格化します。
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