純情ラプソディ(第7話)段級制
競技カルタの実力判定の目安に段級制があるのよね。
E級・・・無段
D級・・・初段
C級・・・二段
B級・・・三段
A級・・・四段から八段
カルタの世界で段位は実力を現し、級はその実力で参加できる大会のレベルを現しているぐらいかな。もっともE級無段からB級三段までは段位と級位が連動しているので意味がなさそうだけど、A級が四段から八段まで含む幅広さだから、そうなってるぐらいに思ってる。
それでもB級までは級位と段位が連動してるから昇級って言葉を使うけど、その必要条件は、全国かるた協会の公認競技会で必要な成績を収める事。カルタの昇級は個人戦の成績の評価になり、たとえばE級無段からD級初段になるためには、E級大会で必要な成績を得れば良い事になる。
昇級のための必要条件は所属する級での大会で成績を取れば良いのだけど、カルタでは十分条件もあるんだよ。と言うのも公認かるた大会に出場するには、かるた協会に加盟しているカルタ会に所属していなければならないと言うのがある。
かなりたとえが違うけど、選手とカルタ会の関係は大相撲の力士と相撲部屋の関係みたいなもので、相撲部屋に所属していないと力士は本場所に出場できないぐらい。だからカルタをやる人間はどこかのカルタ会に必ず所属していると思ったら良い。
寄り道したけど昇級するのは選手じゃなくカルタ会が申請するものとなってるんだ。つまり昇級基準の成績を残した上で、その実力をカルタ会も認めなければならないってるんだよ。
だからカルタ会によっては必要条件よりさらに上増しした昇級・昇段条件を課しているところもあるらしい。そんな本格的なカルタ会はヒロコの県にはないけど、カルタの盛んなところはあるって石村先生は言ってた。
カルタ会とはどんなものかだけど、カルタ教室みたいなものを思い浮かべても、そんなに間違ってないと思う。お弟子さんを集めて、月謝を取ってカルタを教えてる感じかな。じゃあ、カルタ教室なんて存在もしないヒロコのところみたいなところはどうなるかなんだ。
カルタ会の加盟は学校単位でも出来るんだ。高校や大学もそうだし。カルタの盛んなところなら小学校にもあるって聞いたことがある。もちろん明文館高校競技カルタ部のカルタ会として全国かるた協会に加盟しているからヒロコも出れる。
そのカルタ会だけど、作るの自体は極端な話、かるた協会に会費を払えば加盟できるだそう。むしろカルタ会を作れるほどのカルタ愛好家を集めるのがネックだね。本当は加盟条件とか、存続条件とか細かい規定はあるそうだけど、その辺はかなり甘くて、ここもまた極論すれば会費さえ払っていれば除名もまずないらしいよ。
高校かるた選手権は団体戦がメインだけど、チームの強さも段級で推し量ることは可能なんだ。B級以下は段位より級位で呼ぶことが多いのがカルタの慣例なんだけど、ヒロコの県予選に出てくるチームならB級が主力でC級が混じる感じかな。
団体戦に五人のカルタ経験者どころか部員を五人集めるのに四苦八苦しているところも多いから、D級やE級、E級でもヒロコみたいな初心者さえ混じる事もあるのが高校カルタの県予選の世界。
これが全国制覇を狙うチームになるとA級が主力になりB級が混じる感じになる。全部A級みたいなところまであるぐらい。だからヒロコの県の代表が全国に行っても活躍できない理由になるんだよ。
もちろん級位も絶対ではない。昇級するには公認大会に参加しないといけないけど、これが県当たりで一つか二つぐらいしかないんだよね。ヒロコの県なら一つしかないもの。東京ぐらいになるとたくさんあるみたいだけど、都道府県によって昇級条件はかなり違うところはあるのよね。
だからC級よりB級が必ずしも強いと言えないけど、やはり級位を積極的に取れる都道府県の高校の方が強いよね。それだけ強い対戦相手と試合したり練習する機会が多い事にもなるからね。
石村先生は高二の三学期になってから公認大会に参加して段級を取らせようとしてた。これはそれぐらいレベルが上がったのと、その実力を目に見える段級として示して自信を付けさせようとした気がする。
カルタも段級を取るためだけにやっているものじゃないけど、やっぱり実力を形にして見えたら嬉しいし、励みになるものね。ヒロコだってE級無段よりD級初段の方が嬉しいもの。
他にも色んな対戦相手と戦う経験もあったと思ってる。普段の練習は決まった相手ばかりだもの。石村先生は上達するには強い相手と試合するのが良いとしてたけど、強いだけなら石村先生もいる。でもそれじゃ足りないと見てると思う。
カルタじゃなくてもと思うけど、あまりに実力がかけ離れるとかえって練習にならない気がする。ある程度までの力の差だから追いつこう、追い抜こうのモチベーションが起こると思うんだ。そういう相手に勝つことで自信がつくみたいな感じ。
「倉科、もう一つ忘れてるぞ」
そうだった。これも石村先生に言われたけど、同じ力量の相手でも練習と本番は違うって。練習の時だって真面目にやっているつもりだけど、試合の時の真剣さとは異質なものなのはわかる気がする。
練習と試合の一番の差は、勝利へのこだわりで良いと思う。絶対に負けられないと思う気持ちが、なにくそのパワーを知らず知らずのうちに引き出してくれるぐらい。そのパワーを覚える事が上達に通じて行くぐらいかな。
「本番の時の雰囲気を知るのも重要だ」
高校野球、とくに甲子園なんかでも同じと思うけど、番狂わせが起こりやすいのはやはり一回戦。球場の雰囲気に呑まれて普段の実力を出せずに負けちゃう感じで良いと思う。これは会場の雰囲気もあるけど、真剣勝負の空気もあると思う。
カルタもそうで、見慣れた部室で、見慣れた相手と稽古試合をするのと、大会の会場で見知らぬ相手と昇級を懸けて戦うのは違うはず。詠み手だって人がやるわけで、そんなところで一つでも戸惑いが出るだけで不利になるのもね。
ただ公認大会への参加はお母ちゃんに言いにくかった。公認大会は近くて神戸、さらには大阪や、京都、滋賀や奈良まで出かけないといけないから、交通費がかかるのよね。交通費はまだなんとかなったけど、段級を取得した後が問題なんだよ。
E級無段はかるた協会に登録するだけで会費は発生しないけど、D級初段になると年会費が必要になっちゃうのよね。さらに段位を取るとその取得料まで払わないといけなくなっちゃうの。ヒロコは思い余って石村先生に相談したんだ。
「わたしは大会に参加しません」
そう大会参加の辞退を申し出たんだ。そしたら石村先生は、あれこれと事情を聴いてくれて、
「倉科は全国に行きたくないのか」
「段位を取らなくとも行けるはずです」
石村先生はしばらく考えていたけど、
「他の部員には内緒だぞ」
段位の申請料や高校に居るうちの年会費を払ってくれると言ってくれたんだ。お母ちゃんに言ったら、絶対に断ると思ったから内緒にしておいた。ヒロコも段級欲しかったんだもの。カルタをやってるとわかるのだけど、やっぱりE級無段は肩身が狭すぎると感じてたし。
ヒロコは勇躍大会に参加した。出るからには絶対勝たないと懸命だったよ。最初はE級だったけどこれは楽勝。次のD級大会はラッキーな部分もあったけどC級二段まで昇段できたんだ。
他の部員たちも頑張ってくれて、B級が二人、C級がヒロコも含めて三人のチーム構成になってくれた。このレベルならうちの県予選だったらかなりのレベルだよ。石村先生は県予選の前に、
「よくやってくれた。正直なところ、ここまで付いて来れるとは思わなかった。この成果は胸を張っても良い。県予選の健闘を祈る」
いつもの石村先生の褒め殺しと思ったら、いつもヌーボーとした先生の目に涙が光っているのがヒロコには見えたんだ。それが見えたのはヒロコだけじゃなかったみたいで、みんな涙ぐんでいた。
「先生、まだ終わっていません。これからが本番です。先生が指導してくれた成果を見せる時がついに来たのです。私たちはかならず全国に行って見せます」
カルタに明け暮れた高校生活の集大成が高校かるた選手権。これに出るために青春を燃やしたんだもの。ヒロコたちは絶対に勝つ、勝って石村先生と一緒に近江神宮の晴れ舞台に立つんだ。
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