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女神の再生(第13話)春の閑話

 ミサキも今年で三十八歳になります。娘のサラも十歳になり今は私立中学受験を目指しています。どうも学校のお友達に刺激されたみたいで、そのうちあきらめるかと思ったのですが、思いのほかに頑張ってくれています。そんな娘に刺激されたのか息子のケイも受験を目指すと頑張り始めています。ミサキの子どもにしたら、出来過ぎだと感謝しています。マルコと話していたのですが、

「サラも十歳だけど、後八年して大学に入っちゃったら、いなくなっちゃうかもしれないね」
「当たり前じゃないか、それを見送れるのが親の楽しみだろ。それともサラがニートになって家にしがみついていて欲しいのか」

 ニートは困りますが、いなくなるのはやっぱり寂しい。とは言うもののまだ最短でも八年先のお話です。大学まででも、まだまだ山あり谷ありの道が待っているはずです。それを親子で乗り越えた時には、ミサキも踏ん切りがついて笑って送り出せるようになっているのかもしれません。

「マルコ。まだまだ先だけど、サラとケイが家から出て行ったら、また二人きりになっちゃうね」
「今日のミサ~キはおかしいぞ。二人だけになったら子どもの目を気にせずにラブラブ出来るじゃないか」

 マルコにも感謝しています。結婚前の熱烈さは信じられないですが、今でも続いています。これだけミサキのことをひたすら愛してくれる人は、他には絶対にいないとしか思えません。

「サラとケイもミサ~キを幸せにしてると思うけど、ミサ~キを幸せにするのはボクの生涯をかけた大仕事なんだ。まだまだ仕事は半分も済んでないんだよ」

 思わずマルコの胸に顔を埋めてしまいました。そんなミサキを力強く抱きしめてくれるマルコが愛おしくてなりません。夫婦なんですから遠慮もいりませんから熱いキスを交わし甘いムードに浸りきっていたら、

『ガラガラガラ』

 ベランダの窓が突然開き、

「見せつけてくれるねぇ」
「え、あ、いらっしゃいませ」

 今日はコトリ専務が遊びに来てくれる約束だったのですが、またやられました。コトリ専務が遊びに来る時は、まずコッソリ庭に回って中をうかがい、面白そうならベランダから、何もなければ玄関から入って来るのです。今日は四年ぶりですし、立花小鳥として初めての訪問だったので油断してました。

 コトリ専務は社宅になっていたあのマンションに帰られて、そのまま小島知江時代の家具から、食器から、服まで引き継がれました。あのマンションは思い出が深すぎて避けられるのではないかと思っていたのですが、

「ラクやん。それに社宅になってるから家賃も安なったし」

 コトリ専務は間違ってもケチな人ではありませんが、ホントに贅沢されない人です。シノブ常務とメッセージを探した時に感心したぐらいです。家具だって、食器だって、調理器具だって、必要最小限のものしかありませんし、それも安っぽくこそないものの、いつから使ってるんだろうと思うぐらい年季が入っています。服だってそうです。コトリ専務がオシャレなのは誰もが知っていますが、服にしろ、靴にしろ、アクセサリーにしろ、シノブ常務と、

『こんだけ!』

 専務だった訳ですし、申し訳ありませんが独身です。たしかに部下をよく飲みに連れて行ってくれましたが、あまりにも少ないのにビックリさせられました。それも、どの服も見覚えがあるのです。つまり、古い服を整理しまくっている訳ではなくて、手持ちの服を使い回して、あのオシャレを演出されていたのです。それをいうと、

「ちゃんと下着は買ってるよ。ありゃ、最後の演出に大事やし」

 だ か ら、今は真昼間です。どうして、そっちの話題に持っていこうとされるのですか。そりゃ、マルコと甘いムードやってましたけど、油断も隙もあったもんじゃありません。とにかく話題を昼間に相応しいものにしないと、

「あれだけの服とアクセサリーで、あれだけオシャレできるのですねぇ」
「まあね。苦労の賜物ってところかな」

 話は五千年前に飛んでいきます。コトリ専務はウルクのエンメルカル王の脅威から逃れるため主女神や首座の女神、さらにその同行者と共にエレギオンの地に逃れるのですが、

「当時のことやし、急場の事やから、そんなに荷物持ってけへんかってん」

 エレギオンの地にたどり着いたのは百五十人ほどだったようです。とにかくゼロからのスタートで、

「後から追いかけて来たのもいたけど、とにかく住むところ作って、食糧確保に追い回されてた」

 家は掘立小屋で今なら難民キャンプみたいな様相だと笑ってました。難民キャンプといっても、現在のように国際機関からの支援があるわけじゃありませんから、食糧確保といっても荒れ地を開墾し農地を作るところから始めないといけません。

「荒れ地を開墾する言うても、すぐに農作物がジャンジャン出来る訳やないやんか。そりゃ、主女神が恵みの力を施すから開墾自体は順調やったけど、最初の何年かは、交易で食糧を手に入れへんかったら全然足りへんのよ」

 この交易でアラッタからなんとか持ち込んでいた美術品や、貴重品の類はほぼ無くなったそうです。それでも、なんとか食糧が自給体制になれば、今度は街の建設に取りかかったのですが、

「とにかく今で言うたらカネがないんよ。それでも時代が時代やんか、都市を守る防壁も早急に作らなあかんのよ」

 実際にも攻められたそうです。それでも規模的に十~二十人程度の集団だったので、戦争と言うより山賊に襲われたぐらいの規模でしょうか。

「そんな貧乏集団の何を狙われたのですか」
「食い物と女、ついでに男」

 人が奴隷として普通に取引される時代の理解で良いようです。そんな西部開拓時代のような状況を経て、それなりに国が形として成立したのですが、

「ずっと財政は逼迫しっぱなし。まだ通貨の無い時代やねんけど、やっぱり何をするにも今の概念でカネがいるからな」

 エレギオンの求心力は主女神への信仰であり、信仰を深めるために祭祀が執り行われるのですが、

「宗教儀式は見た目が大事なのよ。貧乏くさい格好をしていたら有難味が薄れるぐらいかな。そのための衣裳の調達さえ四苦八苦状態やってん」
「そこまで」
「そりゃ傷まないように、汚さないように気を付け取ったけど、百年もすれば限界が来るやんか。そりゃ、色々やったよ。傷んでないところを継ぎ合わせてサラみたいに見せてたけど、それだっていずれ限界が来るし」

 コトリ専務は洋裁が出来ます。それも出来るってレベルじゃなく、仕立て直して今の流行に合わせるなんてこともやってしまわれるようです。ミシンだって業務用の立派なものを使われています。

「では、その時の経験がコトリ専務の洋裁を覚えた始まりとか」
「そうなるわ。ミシンは最近覚えたけど」

 コトリ専務の『最近』レベルは注意が必要で、コトリ専務にとってはミシンが発明されたこと自体が『つい最近』になります。

「どうにも女神の衣裳がニッチもサッチもいかんようになってもて、嫌でも新調せなアカンことになったんやけど。とにかくカネがないんで困り果ててしもたんや。女神の衣裳は当時の最高品質やったからな」

 女神の衣裳が最高品質であったのは理解できます。それが祭祀であるだけでなく政治の一環であったのも。そこでコトリ専務はユッキーさんと知恵を絞った末に、

「布買うから高くつくから、原料から布を織ったら安くなる」
「原料は何だったのですが」
「女神の衣裳はウールやった。普段着は亜麻布」

 コトリ専務とユッキーさんは糸を紡いで機を織って布を作ったのですが、

「女神が気合入れて作ったから、エエ布できたんや。それで衣裳が作れたけど、原料費と機織りの道具代をなんとかせにゃあかんのよ。でも、これも実は計算内で、コトリとユッキーで織った布を女神印で売り出したんや。よう売れて元とれた」

 当時の布の価値は高くて通貨同様に取引されます。当たり前ですが品質が良いほど価値が高く、女神が織った布ですから価値は高かったと思います。

「売れたんはまでは良かったんやけど。その後が大変やった。当時のエレギオンにはロクな交易品がなかったんよ。だから貧乏やってんけど」
「金銀細工はどうだったのですか」
「とにかく最初は荒れ地開拓と都市建設に総動員状況やんか。それと金銀細工をやるには当り前やけど金と銀が必要やねんけど、そんなもの手に入れるカネなんて逆さに振ってもあらへんから、技術伝承が途絶えてもてん」

 女神の布は女神しか織れなかったので、

「今で言うたら外貨獲得つうか造幣局みたいな感じで織りまくってた」

 一国の首相に該当する首座の女神とコトリ専務の織る布が、唯一の交易品とは貧乏所帯も極まれりって感じです。

「とにかく女神の布頼りの財政やったから、なにをするにも女神の布換算やねん。あれをするのに何枚、これを買うのに何枚みたいな感じかな。途中からウールを輸入するのも、もったいないと思って牧羊起こしたけど、あれも軌道に乗るまで何枚織った事か」

 なんか女神って祭祀と政治だけやってたイメージでしたが、二人で財政を支えておられたとは、

「人口もボチボチ増えてたし、人が増えれば必要なものも増えるやんか。それに必要な布の枚数も十枚や二十枚やったらエエんやけど、いきなり何百枚が必要って出てくるのよこれが。政治判断として必要やから了承するんやけど、二人になった途端にユッキーは悲鳴あげてた」

 二人の織った布以外の歳入を聞いてみたのですが、

「歳入? うんと勤労奉仕」
「農産物への課税は?」
「そんなレベルやなかった」

 初代の主女神はともかく、二代目以降の主女神はとにかく不安定。不安定は農作物の収穫にも連動して大変だったそうです。

「エレギオンの周辺の土地は農業やるにはイマイチどころやなかってん。そやから今でも荒れ地のままぐらい悪かったの。あそこで収穫が出来るのは女神の恵みの力頼りやねんけど、主女神がしょっちゅうヒス起こすから、食糧事情はいつもギリチョン」

 政治としては徴税なんてレベルじゃなく、いかに公平に分配するかになっていたようです。

「公平言うても、農民には厚めに分配せなアカンのよ。そりゃ、作ってる人が薄かったらやる気が出えへんやんか。それと配る方は少な目にせんとアカンのよ。配る方がいっぱい取ったら暴動が起りかねへんもん。そやからいっつも腹空かしとった」

 そうなると空腹状態を抱えながらユッキーさんもコトリ専務も国家財政を支えるために、ひたすら機織りやってたことになります。

「そういう生活にコトリは慣れとったけど、ユッキーには辛かったと思うよ。でも、コトリにはさんざん愚痴こぼしてたけど、泣きながら頑張ってた」
「国家歳入って布以外にあったのですか」
「祭祀の時のお供え」
「それだけ?」

 そりゃ、財政は苦しいと思います。お供えと言っても、国全体がそんな調子ですから、さしたるものが期待できないはずです。

「お供えに食い物があったときは恨めしかったもんよ」
「どうしてですか」
「あの頃の食い物は貴重やったから、女神からの恵みとして全部国民に分け与えてたんよ。貧乏くさいけど祭祀のクライマックスの時期が長かったわ」

 国民も腹空かしてたんでしょうね、

「ユッキーが花が食べれたらどんなに嬉しいか愚痴ってたんやけど、食べられるなら、やっぱりアタラへんやんいうたら、ゲッソリしてた」

 これを国家というには怪しすぎるのですが、

「でな、ユッキーが言うんよ。布だけじゃ交易品として、もったいないって」
「どうされたんですか」
「服にして仕立てて売ろうって。ただ言い出したユッキーが暗い顔してた。そりゃ、服まで作ったら自分で自分の首絞めるようなもんやからな」

 ミサキの頭の中には女工哀史が浮かんでしまいました。女工と言っても小さいとはいえ一国の首相クラスですから、憐れみと言うよりおかしみがどうしても出てきてしまいます。

「服は作ってはみたものの、さすがに無理があったのよ。いくら女神が超人的っていうても、手は二つしかあらへんし、一日は二十四時間しかないんよね。あん時の苦労がトラウマになったんか、物はトコトン大事にするし、余計な物は買わへんし、とにかくある物でデッチ上げる能力が異常に発達した気がする」

 同時に女神としての体裁も整えないといけませんから、コーディネートする能力も鍛え上げられたってところで良いようです。こりゃ、ホントに筋金入りです。

「ではアパレル業界なんてイヤに感じませんか」
「やっぱりコトリは女やねん。いつの日か着飾ってやるって思いも発達したんやと思ってる」

 話はまだまだ続きます。

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