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女神の再生(第9話)難題が次々と

 新入社員を連れて上司が飲みにいくこと自体はさほど不自然な行為ではありません。いわゆる飲ミュニケーションですが、人間関係の円滑化のためにポピュラーな手法です。最近では、上司と飲む酒は気づまりと避けられる傾向も出てるみたいですし、酒席でのセクハラ行為を避けたい女性社員の気持ちもわかります。

 それでも上司が部下を飲みに誘う行為自体まで問題視されていません。ましてやミサキと立花さんは同性です。クレイエールも女性社員は増えてはいますが、それでも比率としては男性が多数派ですから、対男性の一点では女性社員に同志的連携はあり、それを深めようとするのは自然な振舞です。

 しかし立花さんはとにかく難物。まるでミサキの心を先読みするように動かれます。今日は誘おうと思った日にはミサキの耳に入るように誰それと飲みに行く話をされます。それが聞こえてしまうと定番の誘い文句である、

「今日は時間がある?」

 これが封じられてしまいます。それだけではありません。シノブ常務にセッティングの約束をしましたから、週末とかに個室なりを取っての予約を手配しないといけません。そのために大きくなったとはいえ、子どもの事があり、ミサキもシノブ常務も家族の事前の了解が必要です。マルコも佐竹本部長もその点は申し分が無い程協力的なのですが、それに甘えて突然なんてのは可能な限り避けたいところです。

 ところが、これまたミサキの心を読んでるように週末の予定を耳に入れられてしまいます。シノブ常務からすれ違うたびに目から、

『まだかまだか』

 この合図が送られてきますし、少しでも話す時間があると、

『まだまだか』

 こうせっつかれます。もう追い込まれちゃって、追い込まれちゃって、ニッチもサッチもいきません。

 そんな時に大変なニュースが飛び込んで来ました。聖ルチア教会にあのサルベッティ大司教が来られると言うのです。それだけでなく、結婚式場として提携を組んでいるクレイエールにも表敬訪問に来ると言うのです。それも、それも突然なのですが明日なんです。

 とにかく急に決まった話のようで、総務部もテンヤワンヤで歓迎の準備を急いでいます。歓迎準備の陣頭指揮を執り、なんとか一段落付けてシノブ常務の下に急行です。シノブ常務も顔を真っ青にしています。

「言うまでもないけどサルベッティ大司教はイスカリオテのユダよ」
「でもコトリ専務と共存協定を結んだのじゃ」
「それも聞いてるでしょ、神と神の約束は何も信用できないって」
「そうなると、コトリ専務が亡くなったの情報を手に入れて日本に乗り込んできたとか」
「それしか考えられない」

 ユダの目的はオリハルコンかもしれませんが、そんなものは手元にありません。一枚だけコトリ専務のエレギオン土産にもらってますが、それを渡せば済む話でもありません。

「戦いますか」
「降りかかった火の粉は払わなきゃいけないけど・・・」

 コトリ専務に聞いたところではユダの力は強大で、コトリ専務であっても、まともにやりあったら五分の勝負じゃないかと話されてました。それだけではありません、ユダは式神としてデイオタルスや魔王クラスをまだカードとして抱えているとも話されました。

「ユダの狙いはオリハルコンかもしれないけど、たとえそれが手元にあって渡したとしても、それで済まないわ。ユダのもう一つの狙いは私たちを取り込んで新たなカードにすることだと思うの」

 ユダにはそんな能力があるのもコトリ専務から聞いています。

「それとこれは心配過ぎかもしれないけど、クレイエールも狙われているかもしれない」

 ユダの有力式神であった魔王とデイオルタスはコトリ専務の前に敗れ去っています。またあの事件の時に使われた費用も莫大だったと考えられます。その恨みも一緒に晴らす可能性があるのは同意です。

「首座の女神のユッキーさんに相談しましょう」

 ここでシノブ常務は呻くように、

「ユッキーさんは首座の女神だし、頼んだらきっと力になってくれるわ」
「だったら」
「山本先生の家に行く理由が難しくなってるのよ」

 ユッキーさんは山本先生に宿られており、ユッキーさんを呼び出すには前段階として山本先生にお会いしないといけません。これはコトリ専務が亡くなる前でも難題でしたが、亡くなった後は超難題と化しています。とにかく今夜すぐにどうにか出来るものではありません。

「どうしたら・・・」
「立花さんは」
「もう帰られています」
「今から呼び出せないかしら」
「無理と思います。なにか親しい方に御不幸があったようで、今日が御通夜で、明日の告別式にも出られるそうです」

 さすがのシノブ常務も腕を組んで唸るばかりです。

「シノブ常務、明日だけの事なら逃げましょう。日数を稼げば首座の女神や次座の女神の応援が期待できます」
「そうはいかないよ。ミサキちゃんは総務部長として歓迎の指揮を執らないといけないし、私だって重役として歓迎の席に出ないといけない」

 それより女神の命の方が大事と言いかけましたが、難しいところです。女神の命を優先すれば強引に山本先生のところに押しかけるのだって可能ですし、立花さんを呼び出すのも可能です。もちろん明日は雲隠れしてしまうのもです。シノブ常務は心を決めたように、

「とりあえず山本先生の診療所に連絡してみよう」

 かけてみると、

「明日から院内の慰安旅行に出かけるんや」

 あちゃ、無理です。立花さんのスマホは着信不可となっています。葬儀中ですから文句も言えません。シノブ常務は、

「私は逃げない。でもミサキちゃんだけでも逃げて」
「イヤですよ。わたしだって女神ですし、クレイエールの社員です。それに副社長も言ってくれじゃありませんか、女神にはクレイエールを故郷と思って欲しいって」

 シノブ常務は苦笑いしながら、

「随分前になっちゃうけど、ユッキーさんとコトリ先輩が対決した時もミサキちゃんは頑固だったからねぇ。でもさっきミサキちゃんが言ったクレイエールは女神の故郷だって気持ちは私もそう」

 それにしても今さらながら次座の女神の偉大さがわかります。三座や四座と言っても、こんなことになればいかに無力化が思い知らされる気持ちです。ここから作戦会議になりましたがシノブ常務は、

「一撃にかけるしかないわ。出来るだけ近づいて、問答無用で撃つ。外れたらあきらめてね」

 シノブ常務の一撃の効果は、次座の女神のコトリ専務以上のものがありそうですが、とにかくノーコンの極致。どこに飛んでいくかわからない代物です。そのうえ外れれば当たったところで大爆発を起します。あんなものを社内で撃つのは無謀の極みです。

「シノブ常務、やはり一撃は危険すぎます」
「う~ん、やっぱりそうだよね・・・」

 サルベッティ大司教は午前中に聖ルチア教会でミサを挙げ、午後に表敬訪問の予定ですが、ここで気になる事をシノブ常務と。

「大司教はユダでしたが、今でも果たしてユダなんでしょうか」
「どういうこと」
「たしかにコトリ専務が対決した時はユダでしたが、コトリ専務と共存協定を結んでいます」
「でもそれは神の約束」
「そうなんですが、人としてのコトリ専務は亡くなっても、宿主を代えた次座の女神はいるわけです。おそらく神の協定は両者の力が均衡状態に近い時にのみ成立すると思うのですが、次座の女神は健在でクレイエールに在籍しています」
「それは・・・」

 大司教が今でもユダであり日本に来たのなら協定違反です。そういえば立花さんがイタリアに語学留学に行かなかったのは、そうする必要がないぐらいイタリア語が話せるのと、ユダとの協定を守る意味があった気がします。

「言えるのはユダであれば協定違反は明らかですから、神の習慣として殺し合いに突入でもおかしくありません。しかし大司教からユダがいなくなっていれば、単なる人の表敬訪問になります」
「でも、私たちにはユダどころかコトリ先輩さえ見えない」

 完全にお手上げ状態で、これで一撃も完全に封じられた事になります。どれも解けない難題に突然取り囲まれてミサキは途方に暮れています。

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