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セレネリアン・ミステリー(第7話)ハンティング博士

 ボクの家は裕福とは言えませんが教育に理解がありました。幸い勉強も出来たので十六歳でGCSEを優秀な成績で合格しシックス・ファームに進学、GSE・Aレベルでもトップクラスの成績をおさめ、奨学金も得ることが出来、キングス・カレッジ・オブ・ロンドンの物理学部に入学しています。

 そのまま修士号、博士号と取得し、研究員として大学にも残れました。当時の研究テーマは後のトライマグニスコープ開発につながる基礎理論のようなものです。ただ理論上はともかく、これを実用化するとなると無理の声が高かったのはありました。

 でもボクは実現可能と見ていました。しかしそのための費用については途方に暮れるしかなかったのです。そんなボクにドレッド社が声をかけてくれました。ドレッド社もボクの新しい検査法の開発に強い関心を持っていたからです。

 かなりどころでない好条件にボクは飛びつきました。大学の研究室の雰囲気にウンザリしていたこともあり、良い気分転換になると思ったものです。教授は民間への転職を必ずしも喜びませんでしたが、ボクの意志を最後は尊重してくれています。

 そこから熱中しました。研究資金は約束通り豊富でしたが、ここは民間会社、失敗すればお払い箱は確実ですからね。そして七年、誰もが実現不可能と考えていたトライマグニスコープはついに完成しました。

 後は売込みってところだですが、社長のジェームズに呼び出され、是非会ってもらいたい人物がいると相談されたのです。
 
「誰なんですか?」
「今の時点では言えないが、先に断わっておく。その人物は君にある提案をする。それを受けるかどうかは君次第だが、受けた時にドレッド社はすべて君の意向に従うものとする」
「ジェームズ、どういうことだ。それじゃ、わからないよ。じゃあ、会わない選択もあるのかい」
「それはない」
 
 不承不承で指定された場所に赴くと、挨拶もそこそこに、
 
「少し聞かせて頂きたいことがありますが、トライマグニスコープは閉じた本を読むことが出来ますか」
「ばかばかしい。あんな御大層な機械を使わなくとも、本が読みたければ開けば良いだけじゃないか」
 
 誰だと思いながら、相手の目を見ると真剣そのものです。
 
「まあ良い。答えはイエスだ」
「それは誰でもトライマグニスコープを使えば可能ですか」
「それはイエスだが、現時点ではノーだ。操作法を習熟しないと、どんな機械も使えない」
 
 なにを聞きたいと言うのだろう。ジェームズの言葉なら、なんらかの提案をするはずですが、
 
「博士は新しい分野の取り組みに興味がありますか」
「科学者だからね。常に新しい分野を目指すのがサガのようなものだ」
 
 そこから一呼吸おいて、
 
「我々は博士に新しい挑戦を提供したいと思います」
「ほほう、なんだね」
「未知なる科学との遭遇です」
 
 こいつは妄想狂か。そうとは思えないのですが、
 
「それはどんな分野かね」
「博士はエランを御存じですね」
 
 エランか! エランの宇宙船が神戸に来たのは大学院に上がった年。あの時の興奮は忘れられないよ。あの巨大な宇宙船が実在し、実際に地球に降り立ち、飛び立つ姿にどれだけ科学者魂が揺さぶられたことか。
 
「しかしエラン船の研究は日本のトップシークレット」
「そうです。ですから我々は博士に未知の分野を提案したいのです」
 
 いかん、心が疼きます。トライマグニスコープは大きな仕事でしたが、あれはあれで区切りがついたようなものです。あの技術の応用はこれから続くでしょうが、それは科学者の仕事ではなく技術屋の仕事です。

 もしエラン研究に匹敵するような仕事がこの世に存在するのなら、是非チャレンジしたい。そう新たなチャレンジ。ボクの人生はずっとそうでした。時に飽きやすいと言われた事もありましたが、あれはボクを誤解しています。あれは飽きたのでなく、終わったのです。そうやって次々とチャレンジしていった結果が物理学であり、形となったのがトライマグニスコープぐらいでしょうか。

 物理学だってトライマグニスコープだって終着駅では断じてありません。あれもまた通過駅のはずです。そうなのです、トライマグニスコープが完成した時に感じていた物足りなさは、次のチャレンジが見えてなかったからに違いありません。
 
「それはエランに匹敵するのか」
「そうであるとお約束します」
「ヨシ乗った。話してくれ」
 
 ボクの反応に泡を食っています。これは途轍もない獲物が先に喰らいついてると直感しています。これに乗れとボクの心の声が訴えてるのです。これこそ人生の新たなチャレンジに相応しいと。人生はすべて賭けのようなもの。それで勝っても、負けても自己責任がボクの生き方です。

 そこから聞かされた話は期待以上のものでした。五万年前の宇宙飛行士の調査と聞けば、科学者なら誰でも飛びつくと思います。極秘プロジェクトであるからエドワーズ空軍基地に閉じ込め状態になることや、機密保持に付いても了解し、
 
「ドレッド社の方は」
「当面は出向になります」
 
 ここからトライマグニスコープをどうやって運び込むかの相談になりました。あれはまさに巨大装置。将来的にはもう少しコンパクトにするのも可能でしょうが、現時点ではどうしようもありません。
 
「解体して船便で送り、向こうで組み立てる予定ですが」
「それしかないだろうが、それはそれで厄介だぞ」
 
 これはまだプロトタイプ段階のためですが、調整が半端じゃないのです。というか、現時点では運搬自体を想定しておらず、販売先の研究所に直接設置する予定なのです。あれを解体して組み立て直すとなると、調整して稼働するのはいつの日になるかわからないぐらいになります。
 
「・・・なるほど。しかし他に手段はないでしょう。仮に解体せずに船便で送れたとしてもエドワーズ空軍基地までは陸路にならざるを得ません」
「海路や陸路を使えばそうなるが、空路を使えばどうだろう」
「あははは、重量だけなら可能ですが、あれだけの高さのものを運べる輸送機は存在しません」
 
 まあそうなんですが、
 
「輸送機以外を使えば可能性が出てくる」
「輸送機以外ですか?」
「宇宙トラックだ」
 
 月面基地建設用に使っている大型宇宙トラックなら、ロンドンからエドワーズ空軍基地まで解体せずに運ぶのは可能のはずです。
 
「あれを地球上の輸送に使うと言うのですか」
「能力としては可能のはずだが」
「少し時間を下さい」
 
 どうだろうと思っていたら、やると聞いて勇み立ちました。
 
「博士、輸送の指揮を執って頂きたいのですか」
 
 乗せてもらえるのか、あの宇宙トラックに。ただ作業は大がかりそのものです。一つだけラッキーだったのはトライマグニスコープが設置されている研究所とプライズ・ノートン空軍基地が近いことです。

 どうやって運ぶのだろうと思っていたら、なんと仮設のレールを敷いて運び込んでしまったのには驚かされました。そのレールの延長に宇宙トラックがあり、そのまま搬入です。ボクは考えられる限りの保護措置を施しました。

 今回使用したのは月面基地建設に使われているものでしだが、想像していた以上に巨大なものです。こんな巨大なものが空を飛ぶとは信じられない思いになりました。もっとも神戸に着陸したエラン船は、この十倍ぐらいありましたけどね。飛行士のオハラに、
 
「精密機械だから可能な限り静かに頼む」
「任せといて下さい」
 
 オハラが言うには宇宙ステーションや月面基地への輸送でも離着陸の衝撃を和らげるのは求められているとのことです。もう少し言うと、宇宙トラックがそれだけ静かに飛べるので、保護のための梱包が簡素化され、運べる荷物が増えたとも言えたぐらいのようです。
 
「宿泊客も運んでますからね」
 
 これまで宇宙旅行を行うためには、それなりの訓練が必要でした。ところが宇宙トラックは、まるでジェット旅客機に乗るように気楽に宇宙に人を運べます。ですからあの宇宙ホテルが成り立ってるぐらいです。まあ一週間で一億も払う奴なんて年寄りが多いでしょうしね。
 
「宿泊客用の物は使えなかったので」
 
 宇宙トラックの内部は実用性に徹していて素っ気ありませんが、その点はボクの好みです。そして空軍基地を離陸。ほとんど揺れずに静かに浮かび上がるのは信じられない思いです。オハラに、
 
「しかし凄い音だな」
「ええ、宇宙空間での使用が前提ですから」
 
 それもそうか。大気圏さえ脱してしまえば音は関係なくなります。それに騒音対策をしていない分だけ軽くなるでしょうし。
 
「でもオハラ、この物凄い音じゃ地球上では使えんな」
「ええ、空力対策もあまり考慮されてません」
 
 たしかに。宇宙トラックは形状としては巨大な箱であり、見ようによっては巨大なコンテナが飛んでいるようなものです。箱型であても無重力状態なら関係ありません。そして十八時間にわたる長旅の末にエドワーズ空軍基地に到着。
 
「ここにボクの次のチャレンジが待っている」

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