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純情ラプソディ(第15話)戦略と戦術

 カルタの醍醐味は戦略と戦術が表裏一体になってるところで、読まれる歌への判断と反応が勝負のカギ。たとえば一枚札は七枚あるけど、すべて最初の文字が決まり字だからまさにスピード競争。これがとくに優れているのが梅園先輩。一枚札は、
 
 むすめふさほせ
 
 こう覚えるのだけど、一文字の子音の部分で聞き取れるって言ってた。ありゃ、特別製の耳だと思う。二文字目以降も同じみたいで、人より母音までの時間差で有利に立てるんだもの。二枚札は五種十枚。これは、
 
 うつしもゆ
 
 こうだけど、とにかく二枚一組だから、先に一枚出たり、空札だったりすると一枚札に変化する。これを覚えておかないと確実に出遅れる。三枚札は、
 
 いちひき
 
 こうだけど、ここも特徴がって三枚のうちの二枚は二文字目まで同じたとえば、
 
 いにしえの
 いまこんと
 いまはただ
 
 こうなってるから、三枚ある状態なら二文字目に「に」が来たら「いにしえの」が出札になる。「ま」のどちらかが先に詠まれたら、二文字目の「ま」か「に」が決まり文字になる。もう一つあげると、
 
 きみがため、おしかざりし
 きみがため、はるののにいでて
 きりぎりす
 
 大山札が含まれているけど、先に「きりぎりす」が出ていて、なおかつ大山札が二枚あれば第二句の一文字目勝負になる。ここの変化はバリエーションが多いけど、たとえば大山札のどちらかが空札なら、決まり字が二文字目勝負の二枚札に変化する。

 とにかく半分の五十枚が空札だから、二枚札、三枚札と言っても、試合の時には一枚札に変わるのが競技カルタ。もちろん試合が進んで札が減って行けば、それがドンドン増えるのよね。

 序盤戦は自陣も敵陣も札が多いから、競技開始の時点で一枚札になっているものが、どれだけあり、どこにあるかを把握しておくのが一つのポイントかも。十五分の記憶時間はあるけど、五十枚もあるからなかなか一度に覚えきるのは容易じゃない。

 でも上級者になると覚えてるんだよね。そういう記憶力はとくに片岡君が優れている気がする。
 
「さすがに一首目の時点ではすべては無理だけど・・・」
 
 三首目ぐらいには敵陣も完璧に把握してる気がするのよね。カルタを追う動きがそうだもの。そうそう空札も最初に札が配られた時点でわかるかと言えばわかるのよね。双方の持ち札にないのが空札だから。

 上級者の対戦になると、歌が詠まれても動きが無いのはそれ。一文字目でわかっちゃう事もあるから、動かないってこと。この決まり字の移動と、残り札の関係を把握してこそ、戻し手や、渡し手、さらに囲い手が使えるシチュエーションが出てくるんだよ。

 ついでだから運命戦も解説しておくね。これは互角の勝負で最後までもつれ込んだ時におこる戦い。互角で進むと双方に一枚づつ札が残るのだけど、それを取れば勝ちじゃない。だから囲い手でがっちりガードすることになる。

 後はどちらの持ち札が先に詠まれるかだけが勝敗を決することになる。これは運だけになるから、運命戦ってカルタでは呼んでるんだ。雛野先輩は運命戦に弱いらしく、
 
「そんなに運命戦なんてもつれこまないはずなのに、五連敗中だよ」
 
 うちのカルタ会で一番強いのは梅園先輩かな。持ち札の記憶だけなら片岡君の方の上だけど、とにかく歌へのレスポンスが早いんだもの。あれは強力な武器だと思う。ただ持ち札の記憶にやや難があって、序盤戦は苦手みたい。

 だから序盤戦、中盤戦を互角もしくは小差でしのいだら、終盤戦はかなり強くて、よく逆転するもの。序盤戦からリードを取れたら圧勝ペースになる感じ。片岡君と試合すると前半戦は片岡君リードで、後半戦で梅園先輩が巻き返していく展開によくなるよ。
 
「ヒロコのB級はいつ?」
「今度の県大会で目指します」
 
 昇級・昇段するには公認大会に出ないといけないのだけど、ヒロコが目指しているのは全国競技カルタの県大会。今年は神戸であるから近いのよね。この全国競技カルタはB級以下なら昇級・昇段のため。A級ならA級得点狙いかな。

 これも都道府県によって規模の違いはあって、AからE級を別の日程で行うところも多いんだよ。それだけ参加希望者が多いって事だけど、もっと多いところなら、一つの都県で複数の県大会があるところもあるんだよね。
我が県はどうかといえば、AからE級まで一日の日程。それだけ参加者も少ないってこと。参加者が少ないってことはレベルも低いだろうから狙い目と思ってる。でもって、行ってきた。

 予想通りレベルはイマイチだったかな。だってヒロコでも優勝しちゃったもの。これで申請したら晴れてB級三段だよ。早瀬君と肩を並べることになる。早瀬君もA級狙ってB級に出てたけど、準々決勝で惜しくも敗退。相手は優勝してるんだからクジ運悪いよね。
 
「倉科さんなら勝ってたかも」
「お世辞を言っても、なんにも出ませんよ」
 
 ヒロコもB級にはなりたかったんだ。高校生ならC級でも選手として全国に出ていても引け目はないだろうけど、学生ではさすがにね。そりゃ、A級四段になれれば言うことないけど、その前にB級だものね。梅園先輩なんて、
 
「この勢いで奈良に参加したら?」
「考えときます」
 
 段位を取るのも費用がいるのよね。高校の時は石村先生が助けてくれたけど、今はかるた協会の会費も払うのはヒロコ。奨学金があるとはいえ、それで足りるはずもなし。それとだよ、ヒロコだってお年ごろ。

 服だって、カバンだって、アクセサリーだって欲しいものがあるんだよ。もちろん恋人だって欲しいじゃないの。そのためにはカルタばっかりにお金かけてられないというか、どれに乏しい資金を優先するのかが大問題。

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