純情ラプソディ(第26話)道場破り
今年のだいたいのスケジュールだけど団体戦は、
春・・・全国職域学生かるた大会
夏・・・全日本かるた大学選手権
秋・・・関西王冠戦
全国職域学生かるた大会は去年の夏はD級優勝だから、今年の春はC級優勝が目標。問題は全国職域学生かるた大会でこれが東京なのよね。
これだってリニア新幹線が大阪まで伸びてくれたから、東京まで九十分程度で行けるから、近江神宮まで行くのより早いぐらい。ただ時間は変わらないけど料金は十倍以上。これはかなり厳しいな。バイトを頑張らないと。
秋の関西王冠戦は今年は一部だ。ここは一昨年の梅園先輩たちのリベンジもあるから気合を入れなきゃ。もし勝てば一月末に近江神宮で開かれる東西王冠戦に出れるものね。
これもちなみに程度だけど、近江神宮の勧学館が会場だけど、正月にカルタ開きから高松宮杯、成人の日連休は名人戦・クイーン戦があるから学生の東西王冠戦は一月の末になってるそう。
さてだけどヒロコたちが使っているサークル室は十畳ぐらいかな。かつては畳を敷き詰めてカルテ道場みたいにしていた時期があるのは昔の写真からわかる。でもヒロコが入ってから模様替えさせてもらったんだ。窓際の方にテーブルを置いて、壁際にロッカー、そして畳は三枚だけ敷いている。
カルタは畳の上でやるけど、使う時は横向けに使うんだ。そう、畳目を使うため。勧学館では試合によっては畳縁を境界線に使ってるけど、通常は真ん中の一枚に双方の陣地を置いて、選手はさらに両横の畳に座るんだよ。
畳三枚なら同時に無理すれば二組は出来る。カルタが出来るのが五人しかいないからこれで十分だものね。ここで要注意人物は梅園先輩と雛野先輩。とにかく物を持ち込むは、積み上げるは、片付けないはの三拍子。最初に片付けた時もたった十畳しかないのに、
「こんだけ!」
テンコモリのゴミの山がでたものね。というか、最初にサークル室に入った時にゴミ屋敷かと思ったぐらい。ゴミ屋敷は言い過ぎかもしれないけど、物と物の隙間でカルタやってる感じだったもの。
先輩たちに言わせると二人しかいなかったから、好き放題に使っていたみたいだったけど、それにしてもってぐらいの惨状。ヒロコが片付けている最中にも、
「見てヒナ、こんなん出てきたよ」
「わぁ~い、ずっと探してたんだ」
それが一つや二つじゃなくて、これでもかってぐらいあって呆れた。なんでも詰め込んで積み上げて押し込む物置とか納屋じゃないのだから。ヒロコも頑張ったけど片付けるのに一週間ぐらいかかったものね。
カルタ会の練習だけど、みんな学年も違うし、学部も違うから集まったらやる感じ。バイトもあるし。梅園先輩となると就活も始まってるから忙しそう。春になったら最終学年だものね。
それとカルタ会は千客万来になってるの。たいした話じゃないけど、会員以外でもカルタに興味があればいつでも訪問自由で手解きもするし、望まれれば試合もすることになってる。ドアのところにそういう趣旨の張り紙もしてるんだけど、
「かつては他校の学生が他流試合に来たこともあったそうよ」
「親善試合ですか」
「道場破りだよ」
でもそれは今は昔。ヒロコが入会してから見たことがないものね。学内だって誰も来たことないものね。それだけカルタが出来る人は少ないってこと。弱小港都大カルタ会に、わざわざ校外から腕試しなんて来る物好きがいるとも思えないものね。
さて講義が終わってサークル室に行くとヒロコだけだった。早瀬君や片岡君が先に居る事も多いのだけど、講義が長引いてるのか、実験でもやってるのかな。手持無沙汰にウーロン茶を買ってきて飲んでたんだけど、
「お邪魔します。こちらでカルタは出来ますか?」
誰だコイツと思ったけど、伝説の道場破りかもしれない。
「もちろんです。私で宜しければお相手します」
そしたらさっと上座に座ったんだよね。上座と言っても、窓側を上座と内輪で呼んでるだけどけど。でもさぁ、畳は窓に対して横に敷いてあるから、わざわざ窓側に座るかなぁ。訪問者だから普通はドア側に座りそうなもんだよ。
それをわざわざ上がり込んで座るのは不自然じゃない。ヒロコは部屋の奥にいるのだから、対戦しようと思えばぐるっと回らないといけないし。でも、そこでピンときた。コイツは本物の道場破りじゃないかって。座る場所から心理戦を仕掛けて来てるに違いないって。
そうなると座り位置に角を立てるのもありそうだけど、メンドクサイから下座に回ることにした。受け流すってやつだ。そこからも失礼だった。訪問してきてるのに自分から名乗らないんだよね。じっとヒロコを見つめるだけ。
カルタは礼の競技だぞって思ったけど、これも道場破りの駆け引きかもしれない。それでも、こんなところで争っても時間がもったいないから、
「宜しくお願いします。港都大一年の倉科浩子です」
「宜しくお願いします。京都大三年の城ケ崎玲香です」
ひぇぇぇ、これが一番動揺させられた。京大だよ、京大。ヒロコだって港都大だけど、なんとなく気後れするな。こればっかりは関西人だからしょうがないよね。かえって東大ぐらいの方が逆に闘志がわくかも。
カルタをやるのにホントは詠み手が必要なのだけど、そんなもの常備できないからアプリを利用してる。便利なもので、札を並べ終わったらスイッチを押せば、
「記憶時間に入ります」
ここから十五分の記憶タイムからカウントしてくれる。
「残り二分です」
素振りタイムだ。この素振りだけでも相手の技量はかなりわかるんだ。上級者の素振りって、空気を引き裂く感じがあるのよね。コイツは出来る、それも相当できる。ヒロコも気合が入ってきた。カルタの試合開始の合図は、
「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの花」
この歌がまず詠まれ、さらに、
「今は春べと 咲くやこの花」
下の句がもう一度詠み上げられてから第一首に入る。そういう慣例だけど、相撲でいえば仕切り直しをやりながら集中力を高める時間と同じだよ。ヒロコの札は既に覚えた。相手の札もだいたいぐらいは押さえてる。さあ、来い。
最初も次も空札だった。さすがと思ったのはピクリとも反応しなかったこと。一枚札だからわかっても不思議無いけど、ますます出来る感じ。出札が出たのは三首目だったけど、
『ビシッ』
相手陣の札だったけど競り負けた。それにしても、なんちゅう反応と瞬発力。梅園先輩並みじゃない。これは生半可の相手じゃない。それにしても何者だ。序盤戦はじりじり離される展開。
ヒロコも取るのだけど、今までだったら取れるはずのタイミングでも何度か競り負け、その差が開いていく感じ。でもここで焦ったら相手の思うつぼ。ヒロコはひたすら集中力を高めていった。
ヒロコが極限まで集中するとカルタしか見えなくなり、歌しか聞こえなくなる。もうすべての札は完全にインプットされた。詠み手の一文字目に全神経が集中する。聞いて考えて反応したら追いつけない、聞いた瞬間に一直線にカルタに向かってないとコイツには勝てない。
『ビシッ』
今までに、ここまで強いのを見たこと無いよ。中盤以降は頑張ったつもりだけど、さらにジリジリ離されて、
「ありがとうございました」
ヒロコは自陣に残された十枚の札を呆然と見てた。十枚差を付けられたと言うより、よく十枚で踏み止められた言うのが偽らざる心境。これは悔しいけど完敗。負けを認めざるを得なかった。
ヒロコが付け入れそうな隙はまったく見えなかったもの。こういうのを段違いだと良くわかったけど、道場破りに負けたらどうなるんだろう。時代劇では道場の看板を奪われるとかだったけど、港都大カルタ会の看板と言っても、窓に貼った紙一枚だものね。あれを剥がされるのかな。
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