女神の再生(第7話)ジュエリー事業部にて
ジュエリー事業部に配属された立花さんですが、さすがにいきなりマルコの工房の担当にさせる訳にはいかないので、まずはジュエリー事業部の仕事の基本部分を教えて行きます。ミサキはジュエリー事業部だけではなく総務部も兼任してますから、直接指導がなかなか出来ないので担当者から話を聞いているのですが感想は、
『怖い』
覚え込むのが早いのは優秀の評価で良いのですが、その覚え込み方の深さに舌を巻く程度のレベルじゃない感想です。とにかく新入社員ですから、ノウハウの底までまだ教えていないのですが、一通り教えた後に定番の『なにか質問は?』とした後に尋ねられることが恐怖だそうです。
担当者もどう怖いかのニュアンスをミサキに伝えるのに苦慮していましたが、聞かれるポイントは『今はどうしてる』に感じてならないそうです。それも尋ねられてる部分はミサキにはわかるのですが、コトリ専務からミサキに代わってから、変わる可能性のある部分ばかりの気がします。
そこまでの微妙な変化の違いは担当者でも答えにくいというか、どう答えたらわからない部分になります。とはいえ新人教育の担当者ですから
『わからない』
『知らない』
と答えにくいのと、ましてや
『君には知る必要が無い部分だ』
こうやって蹴り飛ばすにも、蹴り飛ばしにくい絶妙なレベルの質問内容になっているようです。そこでミサキも実際に見てみることにしました。これも本来は見学レベルなのですが、ジュエリー作品の等級判定です。とりあえずポイントだけ教えてミサキがやるのを見てもらい、それから実地です。
実地と言ってもこれは経験とセンスが必要ですから、本来はあくまでも実習というか体験レベルのもので、普段なら三級ぐらい差のあるものをやってもらうのですが、あえて本格的にやらせてみました。二十個ぐらい渡して見ていたのですが、さして悩む訳でもなくサッサと判定を済ませます。
「見て頂けますか」
正直なところ唸らざるを得ません。つうか判定がすっごく辛い。この辛いと言うのは間違っているという意味でなく、そちらの方がより正しいとミサキでも思わざるを得なかったのです。内心で最近ちょっと甘かったかなぁって反省するぐらいです。
「これを三級にした理由とか説明できるかな」
そりゃ、立て板に水でグウの音も出ませんでした。もちろん説明された内容はミサキが先にレクチャーした内容を一歩たりとも出ていませんが、それだけの知識と経験で出来る訳がありません。この芸当が出来るのは余程の経験とセンスがないと絶対に無理です。やはり立花さんはコトリ専務であるとしか思えません。
後はマルコのところに行ってもらうだけです。立花さんはミサキの大学の後輩であり、イタリア文学専攻ですが、聞いてみるとイタリアへの語学留学はされていないようです。そのレベルのイタリア語ではマルコの怒りが爆発するはずです。というか、語学留学経験者でもマルコは全然満足しませんから。
マルコの要求が細かいのは有名ですが、その要求の表現が非常に文学的かつ繊細きわまるものなのです。さらに厄介なのは字義どおりに解釈しても満足せず、その表現の裏側に広がる要求を汲み取らないといけません。ネイティブだって厳しいものと思っています。それとマルコの瞬間湯沸かし器は新人であろうと、研修中であろうと容赦がありません。どれほどの者が泣いて帰って来たと言うか、泣かずに帰ってきた者がいないってぐらい手厳しいものです。
ですからジュエリー事業部でもマルコの工房への研修というか、体験はここのところ中断状態です。ですから立花さんを行かせると言った時に異論が出ました。でも今回はそれが目的で立花さんをジュエリー事業部に配属していますから、すべて押し切りました。マルコにもあえて何も言いませんでした。
久しぶりの新人の研修でしたが、マルコの機嫌は良くありませんでした。そりゃ、マルコが気に入るどころか、不機嫌にさせた者しか今までいなかったからです。
「ミサ~キ、どうして今さらなんだ」
「立花さんは優秀だから」
「でもボクはいつも通りでやるからな」
ここでもあえて簡単に紹介だけして立花さんをあえて放置状態にしました。部内の誰もがミサキを睨んでいます。陰口も聞こえてきます。
「本部長は立花さんを嫌っている」
「本部長らしくない」
これは仕方がないってところです。とりあえずその日はマルコの瞬間湯沸かし器もなく立花さんはにこやかに笑って帰られました。さっそく家に帰ってマルコに聞いてみました。
「あの子もコト~リていうんだよね。まるでコト~リが甦って来たかと思ったよ」
一週間の経験実習でしたが立花さんは、
「マルコさんって、楽しい人ですね」
そうニコやかに報告されて部内の誰もが仰天状態です。でもこれでミサキは確信しました。ジュエリーの等級判定はまだセンスで説明が可能ですが、マルコの操縦、さらにマルコが受けた印象はコトリ専務以外に出来る者がいるとは思えません。
社長からの呼び出しがあり、密談場所のいつもの料亭にいつものメンバーが集まりました。他の話もありましたが、それはサッサと片づけて立花さん問題に突入です。
「・・・香坂君は間違いないと言うんだね」
「ジュエリーの等級判定もそうですが、仕事中のマルコをあっさり操縦できる手腕を持つ人間は小島専務以外にありえません」
他にも合宿研修中から実地研修中、さらにジュエリー事業部に配属されてからの細かなエピソードも加えて報告させてもらいました。社長は、
「立花君が小島君である可能性は非常に高いと思うが、どうして隠しているのだろうか。これも私に隠すのはともかく、香坂君や、結崎君にまで隠すのは少し不可解だ」
「やはり、生まれ変わりであるのを知られるのは良くないと判断されていると考えられます。常識ではあり得ないからです」
「それはそうかもしれないが、クレイエールにまで来てくれているんだよ。なんとか、ならないものか」
ここからは、いかにしてカミングアウトさせるかの話になりましたが、コトリ専務がその気になってくれないと難しいところがあります。ミサキも水を向けた事があるのですが、
『かつて小島専務と言う方がおられたのですが、立花さんはそっくりの気がします』
『そんな方と較べられるなんて光栄です』
単なるお世辞以上にどうしても話を広げられませんでした。この日の料亭での密談は、とにかく今は様子を見ようで終り、その後にシノブ部長とバーに、
「ミサキちゃんには見えないの」
「ええ、どうしても手を握らせてくれないのです」
ミサキは宿ってる神を直接見ることは出来ませんが、手を握って癒しの力を送り込む時に神が見えます。少なくともコトリ専務に行った時は見えました。
「でもシノブ常務、ミサキにコトリ専務の女神は見えましたが、あれはコトリ専務の弱ってる時で、そうでない時にブロックされたら見えるかどうかは本当のところ自信がありません」
「でも手を握られるのを嫌がってるのなら可能性はあるわよね」
そこからあれこれミサキが手を握る作戦を考えていたのですが、女同士であっても仕事中に手を不自然さなく握る方法が思いつきません。というのもミサキが見えると言っても、触った瞬間に見える訳ではなく、ある程度癒しの力を送り込まないと無理だからです。そんな長い時間、理由もなしに握るのはやはり変だからです。
「ミサキちゃん、それにしても、悲しいね、寂しいね、悔しいね。コトリ先輩に取って私たちってなんなのだろう。会議室で倒れられてから、まったく頼ってくれなくなったじゃない。私たちってコトリ専務に取ってそれだけの存在なの」
ミサキはどう答えたら良いかわかりません。
「私はね、コトリ先輩を本当のお姉さんみたいに思ってたの。ううん、本当のお姉さんだってあそこまで可愛がってくれないと思ってる。とにかくお世話になりっぱなしで、なんとか少しでも恩返ししたいのよ」
ミサキもそうです。ミサキになるとお姉さんを越えて娘のように可愛がってもらった気さえします。もっとも娘相手にあれだけ強烈な猥談をするかの話は置いておきます。
「でもシノブ常務、コトリ専務はクレイエールを選んでくれました。本当に嫌ってたりしたら来ないはずです。記憶の甦った次座の女神の能力を以てすれば、どんな仕事でも出来るはずです。クレイエールに来たからには目的があるはずです」
「それは私もそう思う。でもコトリ先輩の目的ってなんだろう。なにを考えておられるのだろう・・・」
そこまで言ってシノブ常務は、
「もう耐えられない。手の届くところにコトリ先輩がおられて、他人行儀で付き合わないといけなんて・・・」
見ると涙をポロポロとこぼされています。ミサキだってそうです。
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